126話 懐かしい不気味さ
『境界の森』――ダークエルフが住まう領地とエルフが住まう領地の丁度間にあり、『伝説の大樹』同様に不可侵であまり人が寄り付かない場所らしい。
昔から不吉な事が起こる場所とされ、誰も寄り付かないように注意喚起もされているらしく、フラウも入るのは三度目という。二度ほど警備の一環として入ったことがあるが、それでも長居することは憚られるというのだ。
確かに森の中の魔素が里などとは違って少し黒さがあり、光が入りにくいのか薄暗い。
「こんな所にあるダンジョンは絶対ろくでもないぞ」
タナテルも意識を取り戻し、自分で歩きこの場所の雰囲気を前に愚痴を零している。
「あたしもダンジョンには入ったことはない。
しかし、入った事のある者がかなり凶暴な魔物がいると言っていたという噂は耳にしたことがある。だが、その者もその凶暴な魔物を見た訳ではなく、声とオーラを感じ取ったと」
「オーラ? 魔力のことか?」
「いや、例外はあるがエルフは基本的に人や魔物のオーラを見ることができる。オーラはその者の強さを測る指標なので、オーラを見ればその者の実力が判れるのだ。
バロウ・テラネイア殿のように力を隠せる者にはあまり意味はないのかもしれんが――それができるほど強いとは考えられるな」
「結構便利なのね、エルフって」
「おれは見えないぞ?」
「タナテルは未来が視えるから代わりにオーラは見えないんじゃないか?」
「ああ……そういう感じか……」
残念がるタナテルだったが、個人的には未来を見れた方が強いと思うのでそこまで残念がることはないとは思う。しかし、あまり調子に乗られても困るので今は言わないことにした。これから向かうのはダンジョンで、タナテルには少々荷が重いかもしれないと考えるからだ。
「しかし、タナテル殿……というのか。貴様のようなエルフに逢ったのは初めてだ。
これまで色々あったようだが、エルフの里にいればもう困ることはないだろう。
出生を知ればダークエルフあたりから何か言われる可能性は無きにしもあらずだが、心配は無用だ。アモーラ様ならば必ずや救ってくださるだろう」
「……いや、おれはいい。ここでの用が終わったらバロウに付いて行くからな!
なんたっておれは――」
「それより、アモーラってお前達にとってどんな存在なんだ……?」
俺がタナテルが要らぬ事を漏らす前に話題を変えようとするので、残念そうな声が漏れている。
タナテルの意志は嬉しいが、それを広められるのは頂けなかった。
「アモーラ様に貴様等がどんな印象を受けているかは知らぬが、あたしが生まれるよりずっと前に先代の女王より力を預かると同時に現在の地位に就いたゆえ力もあり、教養も優しさも持ち合わせる限変の大樹より見守って下さる神のようなお方だ」
「なんか漠然としているっていうか、あんまそんなイメージはないな」
「だから貴様等がどんな印象を受けているかは知らぬと言っただろ。
基本大樹の中から出られぬ地位に就いておられる。あたしもあまり見たことはなく、他の者から訊いた噂くらいしか知らぬのだ」
へぇ~……あいつもあれで結構忙しいのか?
里を守る為に俺に助けを求めるまでしてくる奴だし、色々考えてはいるのか。
…………里、守ってやりたいよな。子供もいるし、エルフ族にしか管理できなそうな場所でもある。今の状況を変えさせない為にゾオラキュールの牙の壊滅は、俺の使命――なのかもな。
その為には――天……あいつを倒せないと話にならない。
それだけじゃない。神と自称する幹部共全員をぶっ飛ばさないといけねェんだ。
それを叶える為に修行を積んできた。抜かりはないはずだ。
暫くして暗がりの森の中で木の根を屋根とする洞窟を発見する。
中からはダンジョンの薄気味悪い雰囲気が湧きだしており、ここが対象のダンジョンなのだと確信した。
「ここだ」
洞窟系のダンジョンはミシネリアに入ったのが最後だったか。しかし、カマナンで入ったダンジョンとも中の感じは似ているだろう。
それにしても最近のダンジョンにはいい思い出がない。ミシネリアではメノアや街の子供であるタティエラが大変な目に遭い、カマナンではレジェンドクラスの魔物の模倣まで現れた。
そして、今回はエルフの里のダンジョン。最前線で戦ってきた時のダンジョンとそう変わらない魔物がうようよしているはず。
生半可な覚悟では踏み入ることも危険だ。
「タナテル、フラウもここで待っていてくれないか」
「は?」
「――なんでだ!? おれだって戦える!
アモーラと色々作戦練ってた時だって、魔法の練習はしてたんだ! アモーラに習ってた! ちゃんと力になれるはずだ!」
フラウはただ惚けていただけだったが、タナテルには猛反発を食らう。
タナテルは、こういう性格をしているから反感を買うのは解ってた。だが――
「悪い。俺、正直お前等を守りながら戦うとか起用な事、できそうにない。
このメンツでも用心に用心は欠かせられない。
俺は、この先ずっと手加減なんてするつもりはないから、巻き沿いを食らうことがないはずがねェ……」
震えていた。
タナテルが悔しがることなんてことも解ってたんだ。だけど、それでも、突き通さなくていけないものはある。
「本当に三人で行く気か?
あたしは、少しならば中の地図を見たことがある。案内もできるし、自分の身くらいは――」
「タナテルのこと、頼む」
フラウにならタナテルの事を頼めると思った。
フラウは、その一言で俺の言いたい事の全てを理解したように俺たちから離れてくれた。それが自分の今すべきことだと解ったように。
「行くぞ」
「はい!」
「……うん」
俺たちはそのまま足を前へと進めていくのだった。
◇◇◇
ダンジョン内はカマナンの時までとはいかないが、不穏で不気味な雰囲気が漂っており、子供ならば一瞬で逃げ帰ろうというくらいであるが、子供の身なりをしているがポロには関係なく、むしろいそいそしい。
ロゼが魔法で明かりを担当してくれているが、魔法がなければ足下が見えないほどに昏い。
こういう暗がりだと、ロゼとポロ、二人の別方向の明るさは頼りになる。
「マスター、エルフの里の食べ物はもう食しましたか?」
「いいや? そういえば、朝食っぽいのも置いてあったけど、結局食わずに来ちまったな」
「え……」
ロゼが嫌な顔で足を止めるので首を傾げる。何か変な事でも言っただろうか。
「アンタ、三日以上何も食わずに戦えるの?」
どうだろうか、と考えるうちに腹の虫が鳴った。
思い出してみると確かに腹が減っている。力が出るかどうかと訊かれると、あまり自信はない。
さっきタナテルたちにあんな事を言った手前、根性でどうにでもするけれど、今更ながら森の中に入る前に何かしら食ってくればよかったと後悔した。
「うん、大丈夫だ」
「嘘ね」
腹の虫が鳴り、強がりなのはバレバレだったらしい。ロゼは細目で俺を見ていた。
「大丈夫なのですマスター! ポロがなんとかしてみせます!
むしろ頼ってくれると嬉しいのです!」
「……ポロは逞しいな。
分かった、今回はポロを主軸としてロゼはポロのサポート。そして俺が後から薙ぎ払う感じで行くぞ!」
「おー! なのです!」
「いや、それ結局アンタ、その子と一緒に戦うってことじゃないの。
まったく『おー』なんて言えないんだけど!?」
「任せろロゼ、お前には塵一つも攻撃を通したりはしないからな!」
「…………そ、そう?」
ロゼはどこか嬉しそうに顔を赤らめ変な方向を向いていた。
「早く魔物は現れませんかねー? 早くぶっ飛ばしたくてわくわくしているのですが!」
ポロは我先にと先陣を堂々と歩きだしており、俺たちも「離れるなよ」と後を追うのだった。
暫くして魔物が出てきた。
Bクラスの魔物が主で大体カマナンの時と同じ感覚だ。
牛が人間のように歩き、朱い目を光らせるミノタウロス。
脚の筋肉が発達し、額の角から来る突進はあらゆる物に風穴を穿つことのできるジェットラビット。
体が大きく広いダンジョンでしか見ることができないが、背中に木を乗せておりその木に生っている硬く赤い木の実を飛ばして攻撃してくるビックツリータートル。
スケルトンの上位種で中級魔法をも使うことのできる元は上等そうな汚れたマントを羽織るマギアスケルトン。
人食い花とも呼ばれ、人間を丸呑みすることも最悪死をもたらす毒を吐くこともあるラフレシア。
他にもC級の魔物もいるが――どれも問題はなく、ポロが俺が行く前に手あたり次第に撃破していき、俺たちが見るのはそれらの残骸だけであった。
「おいポロ、お前そんなに飛ばして大丈夫なのか?
さっきまでずっと同じ部屋にいて俺と同じで腹減ってたんじゃあ……?」
「大丈夫ですマスター! ここに来るまでに食べれるだけ食べてきたので!」
振り返るポロの顔は魔物の緑色や赤色の血で汚れているが、変わらぬ愛らしい笑みをするので少し怖く思える。
こいつが元ゲルシュリウム研究所で開発された人工生命体だということを思い出させられてしまった。
「それに、何故かここはポロの力が増幅するように思えます。
魔力の干渉を受けている感じではないのですが……。おかげで元気ビンビンです!」
ポロが言うのならそうなんだろう。俺にはそんな感じはしないが、警戒するに越したことはないし一応頭に入れておこう……。
Bクラスが相手ということもあってエルフからしたら難しい場所なんだろう。
ボスがいても俺が何とかする気だったが、今はポロがいてくれて良かった。力の温存もできるし、俺たちはポロ頼りで進ませてもらえる。ボスが出たらポロには休んでもらう方向でいいだろう。
デーバと逢ってから長かったが、俺たちは強くなってる。ダンジョン内でも分担ができるようになっているのはかなり大きい。
これならここも簡単に最奥に到達できそうだ。
ダンジョン内を進み、どんどん先に行くのにそんな事を考えていたのだが――嫌な予感は頭の何処かには必ずあり、それが形と成って現れるのは運命だったのではないかと後に思うことになる。
「マスター……」
「ああ……」
Bクラスの魔物が出てきていた手前、カマナンの時のようにボス部屋へ繋がる扉も大きなものを想像していた。
しかし、俺たちを待っていたのは逆で人間が通れるだけの小さな扉がポツンとダンジョンの先のせり立った壁に埋め込まれているだけだった。
相変わらずダンジョンは俺たちに意外性をもたらしてくるようだ。
「入るんでしょ?」
「ポロがいれば何が来ても大丈夫なのです! マスターは大船に乗ったつもりでいてください!」
二人には動揺は見れず、それに応えない訳にはいかない俺は、不意に顔を綻ばせられながらその扉のドアノブに手を掛けた。
望むところだ、何が来ても俺がぶっ飛ばしてやる!
などと意気込みながら俺は扉を開け、気持ちを昂らせて足を前へと進ませた。
扉の先はボス部屋などではなかった。
小さな扉に見合ったそれほど広くはない部屋。どちらかといえば人間が住む部屋のような、こじんまりとした部屋だ。
ただ、普通の部屋というわけではなく、部屋の端には何かしらの機械が置いてあった。
カプセルのようなタンクが横にしてあり、それに繋がるようにして大きめのモニターがある。また、その機械から出る線は右隣りにあるらしい部屋へと一つの扉を介して続いている。
しかし、それ以外はなく、魔物らしい姿も見られない。
つまり、ここにゲルシュリウム研究所の者がいたのは間違いないらしい。
確か、ミシネリアであった研究員の男はダンジョン内を移動できるとかメノアが言ってなかったか……?
「久しぶりだな、【勇者】の因果を持った――バロウ・テラネイア君」
「――誰なのです!?」
懐かしい声が部屋中に響き渡ってきた。




