11話 動き出す敵と敵?
辺境のミシネリアは一番近い街カマナンとの間には大きな崖があり、ここへ来るには回り道である魔物の巣窟を通らなくてはならない為、まずやって来る者などはいない。
強かったり、余程運のいい者でなければ来ることさえ困難な上にこの街に繁盛している財政や珍しい国産品のような物もなく、そもそも訪れようとも思わないだろう。そんなところへ、珍しくやって来る三人組がいた――。
「本当にこっちなのか? さっきからやたらと魔獣に遭遇するのだが…………本当にこんなところに来るのか?」
魔物の巣窟を歩き続け、疲れている様子の茶髭を生やしたガタイのいいがぽっちゃりとした男が、先導する青年を呼びかける。磨かれた斧を背負い、白のジャケットの上に鉄の防具を着用している。
「オラもう歩けないヨー! 休ませろヨー! お前が言うところのロウドウキジュンホウヤブッテルゾウ!! イエーイ!!!」
疲れた男の横で疲れてそうに見えない男が先導している青年を煽っている。その男はサングラスをかけ、鶏冠頭で顔からしてうるさい。髭の男より比較的軽そうな革の防具を纏う。
「オウイエー……」
その鶏冠頭の男に合わせ、元気のない様子でガタイのいい男が声を出す。しかし、それは鶏冠頭にとっては良いものではなかったようで説教紛いに指摘されていた。
「おいゾアス、いつも言ってるだロ! オラがイエーイって言ったら最高潮のイエーイを見せてみろヨ!!」
「い、イエーイ!」
「その調子だヨ! ナハハ!」
「うーるせぇっ! ……俺もこんなところにいるとは思ってないけどさ! さっきのギルドの職員がミシネリアへ行くにはここを通るしかないと言っていたから仕方ないだろっ!! ゾアスも疲れているんだからそんなバカの言うこと聞いてんじゃねぇよっ!!」
疲れているのか腰まで曲がり、地図を片手に道を先導している少年が呆れた愚痴を吐露する。端に切り目の入ったシャツの上に前のボタンを全て外した黒の学生蘭服を着ていた。
ったく、こいつらさっきからうるさいんだよ! 結局は付いてくるんだから、大人しく付いて来いっての!
はぁ……なんで俺がこんな目にぃ~…………!?
先頭の天然パーマが印象的な中肉中背の少年が後ろを振り返って言い返すと、後ろの二人は声の大きさに驚いてビクッとなり、お互いの顔を見合わせる。それを見た青年は、言い過ぎたと思ったのか声を抑えて続ける。
「……やっと会えるんだ、これくらい我慢しろ」
「でも本当なのかヨ? オラたちはお前の言う事信じて来るしかなかったのヨー。お前が間違えれば無駄足になっちまうヨ」
「そうだそうだ、無駄足は嫌なのだ」
「俺が間違えるかっ! お前らも俺に付いてくるように言われて付いてきたんだろーが! なら、それに従って俺に付いてきたらいいだろっ!!」
青年は精神が荒れているようで地面を何度も踏みつける。
なんで俺がこんな使えそうにない奴らと一緒にいなきゃいけないんだ!? そもそもなんで俺がこの世界に……。
◇
俺は、元々この世界の住人じゃない。
俺は魔法が飛び交うファンタジーな世界ではなく、電気飛び交う科学の世界にいた。そこは魔法なんてものはなく、アニメやマンガなんかで描かれる二次元の幻想だと思っていたんだ。
3カ月前、俺はいつも通り高校に行こうと電車に乗ろうとしてホームで電車を待っていた。俺が乗る時間帯は結構人が混むから、いつも早く家を出ていて、その日も列の一番前に並ぶようにしていた。
案の定、並んでいると人が混んできて「またもみくちゃになるのか……」と諦めていた頃に遠くの方で電車が来るのが目に入る。
学校へ行けば俺の好きな女の子と話せる時間が待っているからいいか、と妄想で胸を膨らませていると――後ろから俺の背中を誰かに押された。
電車の頭がすぐ傍まで迫っている中、俺はその前で宙に浮いていた。
誰かに落とされた、死ぬと思った。いや実際死んだんじゃないかなって今でも少しは思ってる。
スローモーションみたいな感覚に陥って、幼稚園の頃に喧嘩した時の事や、初恋で告白してフラれた時の事、俺の好きな人が教室で待っている妄想など、微妙な層間桐を想像する始末。俺の頭の回転が異様に早くなっていき、いつしか現実を見るのを止めた。
…………その後のことは覚えていない。
俺は気が付くと最初はただ眩しいほどに明るい場所に立っていた。その眩しさ故に手で目を覆う。
天国かと思った。自分は死んで、魂ってやつがそこに行きついたんだと思った。
目が慣れて、辺りを見渡せるようになると一つの炬燵を前に白髪の爺さんが座ってぬくぬくお茶を啜っていたのが見えた。
俺は、話を聞こうと思って声を掛ける。多分神様じゃないかと聞いたら、その通りだったようで、やっぱり天国だと思ったけど、それは違うと言われた。ここは神の領域で死人が来れる場所ではないと、そう言われたんだ。
話を聞くと、俺は別世界の勇者候補になったようだと聞かされ、諸々の説明があった後に爺さんにこの世界へ降ろされた。
説明の中で、俺は一人の男を倒せばきっと勇者になれると言われた。俺は状況をなんとか無理矢理飲み込み、説明どおりにとりあえずその男を倒してから決めようと思って旅を始めた。
爺さんはこの二人を手配してくれていたようで、こっちの世界で一緒に旅をすることになったんだ。
ゾアス・ラートン――髭モジャで年齢が俺と離れすぎていないかと不安だったが、人となりが分かればなんてことは無かった。俺に色々教えてくれるのはほとんどゾアスだが、疲れている時はあまり関わりたくない。面倒極まりない酒豪でもある。
ラキウス・エンドマン――一人称がオラな割に出身も育ちも高貴な印象が高い帝国らしい。ノリが明るくうるさいのは時にはいいけど、疲れている時まで同じなのはやめて欲しい。
二人が言うには上司みたいな人がいて、その人の命令で来たみたいだけど――二人が上司の言う事を素直に聞く様な人間には見えない。だからといって何か裏がありそうというわけではなく、こいつら大丈夫か、と心配している。
神様が言うには俺が倒さなくてはいけない男は、今ミシネリアという街に滞在しているらしく、二人と戦闘の基本なんかを学びながらここまでやってきたというわけだ。
正直言って、勇者というのには興味がある。俺がもし神様の言う通りに死んでいないのであれば、勇者ライフを満喫してから元の世界に戻ってから俺の好きな女の子の渚ちゃんに告白する流れも悪くないと妄想を回す。
「待っていろよ、バロウ!」
「オウイエー!!」
「いいね! イエーイ!!」
「…………うるさい」
◇◇◇
ミシネリアとカマナンとの間にある大きな崖。ミシネリアの流通の妨げになっている大きな隔たりは広く、高く、橋を架けるのも困難であり、そんな費用を持ち合わせてはいないお互いの街はこれをどうすることもできない。
ある涼し気で月光が下界を照らす夜――この崖のカマナン側に二人の男が立っていた。二人共黒いマントを着用しており、胸には同じ竜を模したマークを付けている。
ここはカマナンの近くにある草原を越え、林を抜けた先にある。林の前にも後にも注意書きが存在し、誰も立ち入らせないようにしてある。特に子供が入り込まないように林の後には1メートルくらいの柵があった。その為、ここに誰かが立ち入るのはよっぽどの事でなければ有り得ない。崖から柵は見える所にあり、その一部分が壊されている。
「貴様が遅いせいでここを使うしかなくなってしまった……」
一人は鎖のような物を体の周りに浮かせ、顔には皴が多く、年老いているようだ。
「いいんじゃないの? 結局アンタの『領域』はこういうことにも利用しているんだろ?」
一人は柵から顔が出るくらいの身長で小さく、顔の下半分は服がロングネックになっていて見えない。口を開いて見える歯は、どちらかといえば牙のようでギザギザに尖っている。
「……勇者相手なのだから、余力を残しておきたい私の気持ちを考えて欲しいと言っているのだ」
「それはそれは……。
だけど任せなよ、今回は僕一人で十分さ」
「作戦は分かっているのだろうな?」
「分かってるよ。でも思わない? 勇者とか言われている奴だよ、きっと僕たちの出番はあるさ。だから君も余力を残したいだのってぼやいているんでしょ?」
「ぼやいているわけではないが…………そうさな、準備はしておけ。今回の情報はかなり信憑性がある故、お前が来る前に1つ手を打ったおいたのだ。
私達に勇者抹殺が委ねられている、失敗は許されんぞ」
「僕が失敗するなんて思われたくないしね、絶対殺すよ?」
小さな男はギラギラと怖い、赤い目をもう一人の男へ向けている。
「……いい殺気だの。であれば、始めて行こうか。
我等ゾオラキュエールの牙の名に懸けてな」
「今回の任務は少し面白みがあっていいね~♪」
◇◇◇
シロとの別れを済ませてから1カ月くらいが経った。畑の野菜の中ではもう採れる物もあり、収獲の時期に入っている。
俺はメノアと相変わらず森の中に入って、もうあまり出ない魔物がいたら討伐し、家では自分たちで育てた野菜を採って食べたりしている。
最近はカマナンとの間の魔物の巣窟もダンジョンがあるから、そこのダンジョンコアを破壊することができれば行き来が楽になるんじゃないかと考えたが、メノアに反対された。それもそうだ、俺には今、紋章が無く勇者じゃない。前のダンジョン事件で懲りてないのかと言われれば、それに反論できるわけはなくやめることにした。
それにダンジョンは機能停止をすれば、そこがもうダンジョンにならないわけではなく、ダンジョンコアが再生すれば再び機能が回復してしまう。ダンジョンコアの再生にどれだけかかるかは分からないし必ずしも再生するというわけではないので、森の中も暫くは様子見しるしかないのだ。
俺たちは今日も森へ入って薬草採取をし、ギルドへそれを届けて換金してもらう。メノアも薬草を使う事があるが、自分たちのところだけに薬草がたくさんあっても意味がない。それならばギルドで役に立つ場所に贈って貰う方がいいと思ったわけだ。
「80ペドリになります、いつもありがとうございます」
今日は、若くて可愛らしい受付嬢に応対してもらったので、換金中に顔をチラチラ見てしまった。
歳はメノアと同じくらいだろうか? かわいい系で新鮮さがある。流れるような金髪は思わず触れてしまいたくなる。
ここではメノア以外にこういう系の人がいなかったから和むな。冒険者もギルドの人も逞しいのが多いし、新しい風という事だろうか。だからといって、俺に話しかけるコミュニケーション能力はない、特に今は。昔ならもう少し積極的だっただろうか? …………もう覚えていないな。
俺は目の前に置かれたお金を受け取り、待っているメノアの所へ向かおうとする。
「あのっ!」
俺の振り返り際に今応対してもらった可愛らしい新人受付嬢に呼び止められた。
「……はい?」
俺は、振り返って返事をする。
どうしたのだろう……何か間違ったことがあったか? 換金ミスとか?
「わたし、イドラって言います。
……その……バロウさんは子供達を救った英雄と聞いたのですが、今度是非、お話しを聞かせてはくれませんか?」
その子の目元を見ようとすれば、あざと可愛い感じでキラキラした目線を感じ、唾を呑んだ。
英雄? 誰がそんなことを…………って髭じじしかいないか。なんでそんな担ぎ上げるような噂を流すかな?
「あの……」
「あっ……いいですよ」
髭じじのせいで返事が遅れてしまった、でもこんなカワイイ子に話しかけてもらえたから良しとするかな。
「えっと……じゃあ、次いつここへ来られますか?」
受付嬢は頬を赤らめ、モジモジと上目遣いで予定を聞いてくる。
これは……モテ期っ!? 一難の後に来るご褒美というやつでは!? 神様は俺を見てくれていた! あの若神は信じてやらねーけど!
「コホン……明日、明日も森に魔物討伐なんて行こうかな~なんて思ってるんで、明日も来ますよ」
俺は余裕を見せるべく咳払いをして返事を返す。そもそもその日その日の予定など、ここでは決めた事なんて無かった。
「じゃあ、明日ご一緒にお食事でもどうでしょうか?」
「はい、任せてください! それくらい朝飯前ってやつですよ。あっ、時間帯的には昼飯前になるんでしょうかね」
「ウフフ、ありがとうございます。楽しみにしてますね♪」
イドラさんのパァっと花開いたような笑顔を見て、本当に可愛いと思った。
何コレ、反則……というか絶好球? 俺は自分が何を考えているかわからないけど、それくらい……イイ!
◇
◇
◇
俺はメノアの所へと戻った。
メノアはギルドのホームフロアでお茶を飲んでいたはずだったが、お茶はあまり減っておらず、こちらを細い眼で睨み付けながら頬を膨らませていた。
「……どうか、したのか?」
メノアが頬を膨らませている時は何かに怒っている時だ。本人も俺にそれを伝えるために顔に出しているのだろう。だけど、今回に至っては怒っている理由が分からない。
森の中ではいつも通りステップ踏みながら口笛吹いてご機嫌みたいだったし……。
「あの受付の子…………かわいいね」
俺とは違う方を向いて拗ねるようにメノアが口に出すのは、さっき俺が話していた新人受付嬢のイドラさんのことだった。
こういう時はどう言えば正解だろうか、今までこんなことはあまりなかったしな。
「……そ、そうだな~」
俺はそれとなく、曖昧にするような返事をする。イエスとも捉えられる、人を悪く言えない雰囲気が醸し出る返答だ。
流石に明日も会う約束をした手前、イドラさんを悪くは言えない。なんとか機嫌を取るしかないな。
「へ、へー……ふーん? そ、そんなにあの子のことが気になるの?」
一環して俺の顔を見ずに俺が今は聞かれたくない事をずけずけと踏み込んでくるメノアを前に、俺はなんとか話題を変えられないかと奮闘し、ある一つの光明を見た。
「な、なぁ、今から隣の定食屋行かないか? あそこアイスってのがあっただろ、冷たくて美味しいやつ。あれってマスの家が作った氷を使っているらしいんだよ。奢ってやるから、これから食べに行かないか?」
とりあえず話題を変えつつ、メノアの琴線に触れるような物は出せた。これで、イドラさんの事は頭から飛んで行ったはず!
「……アイスかぁ、マス君の家が作ってたんだ? それなら行くしかないかな~」
徐々に口角が上がっていくメノア。
よしよし、喰いついたぞ。このままこの話題はなかったことに……。
「じゃあ、今の話を聞きつつ奢って貰うといきますか!」
あれ、失敗!? 何も変わってないどころか、損しかしてない!
メノアが一人、隣の定食屋へ向かうのを俺はトボトボとハメられた気分でその後を追っていく。
この時の俺は、まだ想像していなかったんだ――これから起こる、数々の出来事を。
そして、俺の傍に既にアイツがいたという事も。




