116話 共闘するは友と
ジューガバゼーラの頭上で羽ばたく羽を宿したロゼは、神々しくも光輝きながら存在している。それに気づいた悪魔は振り返り、俺を後回しにしたようで眩しくロゼを見ながら俺へ向けている腕の標的を変えるようだった。俺も、魔力も力も限界だったので、炎が霧散して倒れ込む。
ロゼは、サーナタンで俺たちと一緒にデーバと戦って以来、紋章の力が使えなくなっていた。それは自信か何かの精神的な問題で、それが解消すればまた力が使えるようになるんじゃないかって踏んでいた。それが今、こうして天高く空を駆ける天使のように羽ばたいている。予想が当たった事以上に、ロゼの中の何かが吹っ切れた事が何よりも大きいと俺は感じずにはいられない。そう思わせるほど、今のロゼの表情には明るさと、覚悟がある。
そして、何より悪魔が得意とする『闇』とは対となる属性とも言えるロゼの得意魔法属性――『光』が効果的なんだ。
「《闇染める光》!!」
ロゼがジューガバゼーラに掌を向け、紋章の光が込められた魔力を放出する。その細い光線は、光の速度でジューガバゼーラの肩を貫通させ、よろめかせる。
「グムッ……!」
しかし、それは有効打になっていないようで貫通した皮膚はすぐさま穴を塞ぐように治っていく。
「えっ!? なんで……?」
ロゼの技……サーナタンで見た時より、威力が出てない…………?
ジューガバゼーラの巨大な手が空気抵抗を受けながらも、ロゼの方へと迫っていく。それに対抗してロゼは今の技を乱打していった。
「《闇染める光》! 《闇染める光》! 《闇染める光》!!」
どれもジューガバゼーラの頭、肩、胸を貫通するが、すぐに穴が空いた傍から修復していく。
「どうして……?」
ロゼの技は、相手が巨体という事もあるが、それでも紋章の力という割には全然威力が出ていなく、まるで初級か中級魔法あたりを見ている感じだ。
(そっか……アンタ、さっきまであの手錠をしてたから……)
(……どういう意味?)
(あの手錠は魔力を使えなくする。それを長くしていたせいで、まだ魔力の出力路が狭くなってしまっているんだわ)
(……嘘…………)
戸惑うロゼの所へジューガバゼーラの手が届く。
「しまっ――」
ジューガバゼーラはロゼを握ると、その手の力を強くしていき、締め上げる。
「くっ……」
ロゼもなんとか紋章の力で抵抗するも、上手く力を発揮できないようでどんどん体が締まっていく。
(マズい! 速く抜け出して!!)
「そ、そんな事言われても……」
やべぇ! ロゼがピンチだ……! なんとかしないと――
俺は起き上がろうとするが、地面に手を付くとビキッと腕に電気が走るような感覚があり、立つ事ができない。
嘘だろ……? 立てよ! ここでロゼを失っちまったら、俺がクソ行動した事になっちまう!! それじゃあ、ここまで来た意味がねェだろうが!!
その瞬間、俺の横目に現れる影に俺は視線を奪われる。優雅にも素早く、空中を一閃するかのように両手に刃を構えるそれは、ジューガバゼーラの右手首を一太刀で断ち切った。
「風切刃!!」
風で靡く白く長い髪、それと美しささえ感じる白い瞳からそれが誰が分かった。
「ヴィスカ……?」
ジューガバゼーラの右手首から先がずり落ち、ロゼを囲む拳が地面へと落下していく最中、ヴィスカは大きい指の中からロゼの服を掴み、引っ張り出す。
対して、右手を切られたジューガバゼーラは、切られた腕を掴んで禍々しく発狂し、のたうちまわるように倒れ込む。
「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
それがまた耳を塞ぐ勢いのものだった。
発狂の音量が小さくなると俺の後ろから声がして振り返る。
「バロウさーん!」
俺の所へ駆け寄るデニスとリージュがいた。
「お前等、なんで……逃げたはずだろ…………?」
「いえ、あの、ヴィスカさんがあのデカいのを見て、行くって言って――」
慌てて弁解するように話し出すデニスだったが、だいたい状況は読めた。
「だが、紅狼はどうした? 一緒だったはずじゃあ……?」
「あそこ」
リージュがどこかを指差すのでその方向を見てみると、背中に光り輝くロゼとヴィスカを乗せた紅狼がいた。
あいつらを助けに行ってたのか。命令してないのに、割と利口じゃないか。
「……良かった」
「バロウさん、これを」
デニスは俺の横から瓶に入った液体を手渡ししてきた。その液体は緑色で、俺は瞬時に回復ポーションではないかと悟り、この場にある事に驚いた。
「これ……持ってたのか?」
「いえ、先程バロウさんがダウンさせたサバクリザードがいましたよね。帝国軍が所有するサバクリザードには、基本、緊急の戦闘があった時の為に何本かサバクリザードの荷物にポーションも入れておくんですよ。
さっきヴィスカさんとリージュさんに使ってしまったので、これが最後の一本になってしまいましたが……」
「そうか、全然知らなかったな。
すごく、ありがたい。使わせてもらう」
俺はその瓶の蓋を開け、中の液体を口の中にぐびぐびと流し込んでいった。
相変わらず苦い物だが、これで腕の痛みは何とかなるだろう。魔力は少し心許ないが、時間稼ぎくらいはできそうだ。
俺たちはジューガバゼーラが痛みに悶えている内に少し離れた場所に行った紅狼たちの所へ歩み寄る。
「さぁ、逃げるよ三人共」
すると、ヴィスカがさっさと乗れとジャスチャーしながら俺たちを呼ぶので、少しの間があった後でロゼが笑った。
「プッ!」
それを変に思ったヴィスカが呆れ顔になって問う。
「な、何で笑うんだよ!?」
「――悪いな、ヴィスカ。俺は、逃げない」
「はぁ?」
「違うわ、わたしたちよ」
ロゼは少し笑いながらに発言する。
「はぁ!?
二人共何言ってんの!? 相手は巨人みたいに大きな化物、こっちはガス欠勇者と、なんか弱くなったロゼ、勝ち目なんて無いでしょ!!
ロゼなら分かるはず、勝てない勝負は――」
ヴィスカはサーナタンでのロゼの言葉を思い出す。
『アンタは、魔法も武器もない! こっちも魔法は使えないけど、武器がある! 腕が鈍ったアンタじゃ、ウチの攻撃をまともに受けて生きていられる訳が無い! このままじゃ、死んで終わりだぞイドラ! もう一度、同じ奴隷にして貰え! アンタという人材がいなくなれば、この世の損害である事は明らかだ!! もう一度自分の道を見つめ直せ!!』
『――嫌だ!』
『何故だ! なんで……っ――死ぬんだぞぉ!!?
例え奴隷だとしても、生きていなければ何もすることが出来ない、生きなきゃ復讐も、夢も何も追えぬままこの世に生きた証を残す事が出来ないぞ! これでいいのかイドラァ!!』
『わたしも仲間だから!
この国を救うのが目的、タナテルを、この国の人達を助けるのが目的、バロウをサポートするのが目的、――シュクリンゼルをぶっ壊すのが目的!! 色んなもの背負ってんの!
今、わたしが掌返しする理由もなければ、不利だからといって決意曲げる人間じゃ、もう無くなってんのよ!
助けたいって、救いたいってアイツが言ってんのよ……! アイツがやりたい事を近くで助けたいってもう決めちゃってんだよっ!! だから誰に何を言われても、ここを通ってわたしが背中押してあげるんだよ! 大切だから!!!』
「あの時と同じ目……」
何かに気付いたようにヴィスカの言葉が止んだ。
「確かに逃げた方がいいのかもしんねーよ。相手は悪魔で、帝国軍の長官を吸収してる。勝てるかどうかなんて分からない。
けど、このままアレを見過ごせない。これからどれだけの被害が出るかも分からないバケモンをこのまま放置なんて、俺にはできない」
「こういう奴なのよ、バロウはさ」
唖然しながら聞いていたヴィスカは大きく溜息を付き、また口を開く。
「…………それなら……手伝ってやるよ」
「ぼ、僕もできる事ならお手伝いします!」
便乗したデニスも強い眼差しを向けてきた。
「おう、サンキューな。
これなら、あんなのに負ける気がしなくなってくるな!」
士気が上がったし、誰も負けるつもりも、死ぬつもりもない。まだ不安要素はあるが、それでも勝てない気は全くしない!
「これが、バロウ・テラネイア…………。驚くというより、呆れる」
「そのうち慣れるわよ」
「ふ~ん?」
ヴィスカがロゼの余裕ぶりを見ると、ニヤケながらロゼの顔をジロジロと見るので、ロゼは身を引いていく。
「な、何よ……」
「……別に?」
「?」
やっぱ、ロゼとヴィスカって仲がいいんだな。俺たち以外にそういう人がいてくれて良かったよ。そして、そういう奴をこれからももっと作って欲しいと思う。
コイツを余裕でぶっ飛ばした後でな!
(小僧、策はあるのか?)
ユウの問に対して俺は少し考える素振りをするも全く策なんかなかった。
(うーん……。俺がアイツを抑えてるうちにロゼに何とかしてもらうっていうさっきと同じ感じだな!)
(……無理があるだろ。
たかがポーション一つで状況は変わらない。小僧には魔力が無い)
「ウチが行く」
「えっ?」
ヴィスカから出た言葉を聞いて俺もロゼも驚いていた。さっきまで逃げようと言ってたヴィスカが心機一転したのが信じられなかった。
「そんなに驚くなよ。力不足のアンタ等より、ウチの方が断然やれるっての」
心配そうにロゼの口が少し動く。
「でも……」
「少しの時間稼ぎだから。アンタ等、ウチが時間稼いでる間に、アレを倒せる何かを見つけな」
「大丈夫だと思いますよ、バロウさん」
「デニス?」
「だって、ヴィスカさんの目、全然死ぬ気なんて無い感じですから」
俺はデニスの勘を聞き、ここにきて俺は、デニスの言葉とヴィスカの目を信じる事にする。
「――分かった、頼んだぞ。
で、いいんだよな、ロゼ?」
ロゼに了解を得ようと見ると、ロゼは安心したような表情で返してくる。
「うん、ヴィスカなら大丈夫。安心して任せられる」
そして俺たちは、再びジューガバゼーラの方を見る。ジューガバゼーラは、息が上がっているが既に起き上がっており、怒れた顔で俺たちを見下ろしている。
「じゃあ、任せてもらうわよ!」
ヴィスカは紅狼から降りて駆け出し、ジューガバゼーラの下へ本気の目をしながら向かって行った。
「ロゼ、行けそうか?」
ロゼは紅狼から降りながら説明をする。
「魔力放出路が狭まっているらしくて……でも、時間を駆けて魔力を練れば、アレに風穴を空けるくらいはどうって事ないはずよ」
「よし、じゃあ俺は――」
俺もどうにかしてアレを抑える準備をしようとすると、紅狼が俺へ寄って来る。
「ん? なんだ?」
(コイツは…………)
自身の額を俺へ刺しだしてくるので俺は何かあると思い、また紅狼の額にある紋章の部分に手を乗せる。
すると、俺と紅狼を囲むように赤い光が輝き出し、それに驚いた他の三人は後づ去りしていく。
「これは……」
俺は今何が起こっているのか直ぐに気付くことが出来た。紅狼は、俺に魔力を送っているのだ。ただの魔力ではなく、紋章の力と俺の魔力が合わさった力だった。おそらく、最初に紅狼を召喚した際、もしくは契約を交わした際に俺の力を読み取り、自身の中で複製か拡張かを行い、それを俺に返還しているのだろう。おかげで時間は掛かるようだが、どんどん俺の魔力が回復していくのが分かる。
これなら、もう一度まともに戦えそうだ。
俺は安心した表情を、紅狼は信頼の表情をする互いの顔を合わせていた。




