10話 それぞれの想い
「次行くぞ、構えろ!
次は、攻めの構成を変えた実験をしてやろう。フフフッ、面白くなりそうだ……」
再び男の両脇からの魔力弾の連射が放たれる。それを周囲を駆けて避けながらバロウは徐々に距離を詰めていく。
「クハハハハッ! 逃げてばかりでいいのか? それではお前のさっき言っていた意味がまた理解不能の世迷言になってしまうぞっ!!」
まだ腕のデカい方を撃ってこない……間合いを見ている。アイツが腕の魔道具で魔法を発動させた時が付け入る隙だ、そこにこの剣を叩き込む!!!
バロウが男の脇の銃口から放たれる魔法弾を避け続けていると、痺れを切らせたように男は腕の銃を構える。
「フン!」
来た!!
バロウが待ち望んでいた、腕の魔法具からの攻撃だった。
男は両腕の魔道具から魔法を発射させる。
その一つを避け、もう一つを剣の刀身で天井へ跳ね返す。
そしてやっと、男の目の前まで行きついて剣を振り上げた。
勝った……!
そう思っていた矢先、男が笑みを浮かべているのが見える。その瞬間、男の胸から出た光線がバロウを襲った――。
男の胸にはまだ隠し種があった。結晶のような透明な物体が身体に埋め込まれていた。
「なァアッ!」
光線は、バロウの胸部を押し上げて無造作に吹き飛ばす。
嘘だろ、まだ隠していたのかよ……。そりゃ、反則だろ。
「ぐはっ……!」
バロウは壁に衝突すると、えずいてずり落ちる。
上手く息ができない、みぞおちに入ったな。
だけどよし、目的のタティエラからアイツを剥がすことはできたな……俺はこんなだけど。
男は、壁で動けなくなっている俺の所へ向かって歩いてきていた。
「クハハハハハハハハ! 驚いただろう?
私のショットガンとバズーカが連射の利かない物だというのを察したまではいいが――私が何の策もなく、ただ魔道具任せの戦闘をしていると考えていたのか? それは私をなめているというものだ。まぁ、魔道具任せなのは否定しないがな!」
上機嫌に高笑いしながらも手に持つ魔道具を撫でながら歩み寄る。
「私は近接戦闘が不向きでね、魔道具任せの中距離から長距離戦闘くらいしかできない。しかしだ、それでも魔法使いのようにこれだけお前を圧倒できるパワーを持っている。これは果てしない私の技術あってこそのものだ。
こんなに早々と終わってしまう結末になってしまったのには申し訳ないが、おかげでいい実験になった。データを整理して次に役立つこととなるだろう。
そうだ! この胸のものが何か教えていなかったな。これは私がこれまでこの場所を経由してかき集めたダンジョンの核を合成させたものだ、数は優に50を超えている。
このダンジョンコアには膨大な魔力エネルギーを射出できるだけでなく、これだけの量となると私に不老の魔法を掛けてくれたよ。これでも私は年寄りでね、実に何歳か分からないほど生きている。だから君の様な若者が私に勝つことが出来ないのは仕方のないことなんだよ。知識は全てに勝る。
先程の者は助けることはできたかもしれないが、お前が死んでしまっては意味がなかったな。さっきの者達よりお前の方がよっぽど価値があるだろうに。まぁ、あの娘は悪くない頭の回転の速さをしていたがな。それでもお前は何かをもっているだろう? その価値こそがこの世界にとって必要たるものだったやもしれんのにな」
バロウを吹き飛ばしたからか気分の良くなった男がつらつらと一人で話し続けた。
「めちゃくちゃおしゃべりだなアンタ。話は訳分からなかったけど、おかげで回復することができた」
男が話しているうちにメノアは静かにタティエラを連れてこのフロアから出ていた。おかけでバロウの肩の荷が少し軽くなったのだった。
「クハハハッ! 見栄はよせ、お前が回復魔法の類が使えないことくらい把握している。魔力回路が実に不向きな構成だ」
万事休すという状況にも関わらず、バロウは不敵に笑う。
魔力回路まで見えるのかよ……流石の一言だけは言っておいたほうがいいか?
魔力回路は人間が持つ、魔力を循環させる基幹の一つ。それによっては使える魔法、使えない魔法などが分かるという。それが見える者などそうはいないというのに。
「……バーカ、俺は時間くれるだけで回復できるんだよ」
そんな魔法、ないけどな……。
「フム……そうだとして、今このショットガンから逃げきることができるのかね?」
バロウのすぐ近くまで辿り着いた男は再び銃口をバロウに向ける。
しかし、バロウは怖がるでもなく焦るでもなく、ただその場に座り込み余裕の笑みを続けた。
「逃げる必要はねェだろ?」
メノアが俺を信じて逃げてくれることが本当に嬉しい。
だからこいつを倒すのに、いま俺ができる最大限の無茶ができる。
「何? 血迷ったのか? 死ぬだけだぞ」
「分かんねェか?
だが、今に分かる。こうすりゃいいってことをよ!」
バロウは剣を突き立て、男の胸に当てる。
こいつの胸にダンジョンコアがある時点で、これをやろうと思っていた。
こいつの説明から弱点がここではないかという目星をつけたが、どちらであってもここは破壊しなければならないと俺の勘が言っている。さっきの魔力の波動はかなり威力があったしな。
「ぐっ……」
男は痛がる素振りを見せたが、すぐにそれが嘘だと分かった。
「クフフフフフフ……クハハハハハハハハ、馬鹿めぇ!
私のダンジョンコアを破壊すれば倒せると考えたのだろうが、私は自分の魔道具で死なないくらいには防御を確立している。そんな剣一本で私が自分で合成したダンジョンコアを破壊できると思ったら大間違いだ!」
男の言う通りバロウの剣は少し傷を入れた位で破壊できるような亀裂は少しも入れることはできていなかった。
「良かったよ、アンタが自画自賛し続けるバカ野郎でな!」
バロウは苦しそうでも不敵な笑みを返し、剣を両手で持ってそこへ魔力を流し込んでいく。
「な、何をする気だ!?」
俺はあの若い方の神が言ったことの中で1つだけ腑に落ちていない点がある。それは、俺が死にたがりの無茶をするということだ。確かに仲間を犠牲にしてまでの無茶は反省しているし、もうあんなことはしないと決めている。
だがそれでもなお、俺は仲間や友達や家族の為なら死ぬ気で戦うことを決めている! こればかりは今も昔も変わりはしないッ!!!
「俺だって魔法使えるんだコノヤロォッ!
――ニトロパージッッ!!!」
『ニトロパージ』は、手や剣に炎を纏わせることができる魔法。そうすることで破壊力を劇的に上げることができる。
これくらいの亀裂が入ってさえいれば、壊すくらい不可能じゃねェ!!
バロウの手から炎が出現して燃え上がる。炎は、剣を伝ってダンジョンコアの結晶体へ向かっていった。
それを見た途端に男の笑みは戸惑いと化し、ついては焦る様子を見せた。
「な、なにを――!!?」
「あばよ、ゲルシュリウム研究所の元職員さん」
バロウの言葉に反応する様子を見せる男。
「――貴様、まさかァア……ッ!!」
男が驚いている顔が見えた。
そしてそれがバロウが見るこの男の最後の顔だった。
「ォオオオオオオオオ!!!!」
バロウは一気に炎の出力を上げる。
すると、剣から放たれる炎の渦がダンジョンコアの結晶体の剣でいれた傷に入り込み、それを中から砕き、男を吹き飛ばした。
「ウゥ……があァアアアアアアアアアッ!!!」
男は胸に俺の出した炎を灯しながら、地面を転がっていく。やがて動きを止めると、男は何かを口ずさんでいるのが分かった。
「……お、おまえ……は……あの完成体の……」
男はダンジョンコアが壊れると同時に皴ができ、老けていく。
やがてミイラのようになり――
干からび――
事切れた。
ダンジョンコアはこいつの生命線だったんだ、壊せば自ずと死んでいく。俺がやることはダンジョンコアの結晶体の破壊で正解だった……。
「ハァ……ハァ……ハァ……言ったはずだ、許さねェってな」
肩で息をし、緊迫感の余韻が残っているバロウはその場に力が抜けるように座り込んでいた。
「お兄ちゃん!」
メノアが入口の通路の方から顔を出しているのが見える。
あいつ……。
「メノア、まだいたのか!!? 直ぐに出ろって言っただろ!」
「ここなんか崩れそう、早く出るよ!」
「……分かった! 直ぐに行く!!」
たく、メノアは俺の言う事を聞く気なかったのか?
ダンジョンコアの結晶体の破壊は、このダンジョンフロアの崩壊をもたらした。
地面や壁から地響きが鳴り始め、今にもダンジョンが崩落しそうである。
◇
◇
◇
俺はメノアとタティエラ、シロを連れてダンジョンを出た。
出る途中で気づいたことがあった……シロが既に息を引き取っていたことだ。
俺が来た時にはもう重症だったから街に戻るには時間が掛かる為、あの時にはもう手遅れだったのかもしれないと考えてはいた。
ダンジョンを出た後は森の中で休むことになった。これ以上は体が動きそうにもなかった。
久しい全力の戦闘で身も心も一杯一杯だったのだ。
気づくと、街の冒険者がやってきていて、俺たちは保護された。
マトラたちがギルドに話してくれたらしい。俺たちは、ギルドの冒険者達の力を借りて街へ帰ることが出来た。
ダンジョンの核をあの男のダンジョンコアの結晶体もろとも壊してしまったので、あの洞穴はダンジョンとしての機能を果たさなくなり、中にいた魔物達は消滅したらしい。そのおかげでダンジョン遠征はなくなったのだった。
後でメノアに聞いたことだが、シロは兄弟の仇を取る為にあのダンジョンへと行ったらしい。まさかあのダンジョンが別のダンジョンと繋がっていたなんてことは、あの男がゲルシュリウム研究所の研究員でなければ信じなかっただろう。
ゲルシュリウム研究所は――百年以上前に旧帝国の研究所だった場所で、魔法を人間以外から生み出す研究などをしていたらしい。5年前に俺がいた勇者パーティで既に無人になっていたあの場所の機能を停止させた。その時ポロと出会ったのだが、それはまた別の話だ。
子供達には、シロは仇を撃って死んだと話した。実際そうだったから。そして、子供達を連れて天気のいい朝に森へ出向き、俺とメノアが埋めた兄弟と同じ場所に埋葬する。
ダンジョンの機能停止を以て魔物の出没頻度は激減している為にあまり害は少ないだろうと、またギルドには内緒でやってきた。俺とメノアにとっては珍しくはないが。
子供達を連れて森へ入る事は今まで絶対にやらない事、やってはいけない事だったから何を言われるか想像ができなかった。だが、これからはどんどん子供達も森へ入れるようになるのかもしれない。ダンジョンの機能停止はこの街に平穏をもたらす出来事のはずだ。無論、俺もそれに協力を惜しまない。残りの魔物の掃除を済ませれば、一定期間は森の作物も街の食の足しになるはずだ。
無言の埋葬が終わり、こいつらの目から零れる涙がそれまで無口だった子供達とシロとの絆を物語っているのが分かった。
短い間だったが、外で元気に遊んでいた子供達とシロが仲が良かったことは街中の皆が知っている。しかし、皆が知っていること以上に子供達の想いは強く、理解できないこともある。
「お前と出会った時は怪我をしていて、メノアが手当てしてやった。
最初は警戒してメノアに傷を付けたが、それだけ興奮する状況にあったという証だ。仕方ないという他ないし、俺もメノアもそれを怒っていない」
急に俺が話し始めるのを涙をこらえるメノアだけが顔を上げた。
「傷を治した後は、こいつ等といつの間にか仲良くなっていて――それはメノアも一緒だった。それを見ると、平和を実感できて俺も助けられていた気がする。
お前は利口だ、森の中の宿敵の居場所を探知して戦いに行ったんだろ?
目の前が見えなくなっていたんだろう。タティエラを巻き込んでしまったことはきっとお前も反省しているはずだ。
お前は、メノアと手を組んで勇敢に戦った。だが敵は強すぎて、弱肉強食の運命を抗えずにはいられなかったんだろう。
負けは濃厚だったが、それでもメノアやタティエラをを救おうと踏ん張ってくれた。おかげで二人共助かった。
だけど、ごめんな……俺はお前を守れなかったことを悔やまずにはいられない。お前は何を頓珍漢なことを言っているんだと思うかもしれないけれど、お前は俺ともきっといい友達になれたと思うから……!」
悲しさと寂しさと無力さを表す涙がこの場に落ちていく、何度も何度も数えきれないほどに…………。
「くっ……」
拳に力が入る。
どうしても力のない自分を責めずにはいられない。前まで持っていただけに。
すると、メノアが俺の横に来て腕を絡めて俺の肩に頭を添える。
俺の心情を判っているかのように、まるで自分を責めるなと願うようにメノアの体温は温かかった。
俺の肩に顔を隠すようにしたことから自分の涙を隠したかったのかもしれないが。
それでも、今の俺にはありがたかった。
俺は、シロを守ることができなかった。タティエラとメノアを助けられたことは幸いだが、俺はシロが助けてくれたと思っている。
確かに事を始めたのはシロだが、あのまま放っておけば他に被害が出たかもしれない。あの男を止めることが俺の役目だった。シロにはシロの気持ちがあったのだろうが、俺にはシロが導いてくれたのではないかと考えている。
昔は死んだ者はそれだけ弱かったと考えたが……今は違う。もう不躾に命を弄ぶことはしない。そんな考えをしていた自分を恥ずかしく思う。
もう、俺は傍で誰かが死ぬのを見たくないと間近に感じたんだ。
暫くこの場にはすすり泣く音が微かに響き続けた。
誰もがシロを尊んだ証である。




