9話 機械纏う研究者
少し前、バロウは左の道を選び走ってメノアを追っていた。暫く進むと奥に明かりが見えて広い場所に出ると確信し、メノアと誰かが話す声も聞こえてきた。何か嫌な予感が頭を過り、一層足を速める。
メノアと誰かの声だ……もう一人はタティエラか? 今行くぞ!
通路を出て広い空間に出る。周囲は新しそうな明かりを照らす物がずらっと並べられており、洞窟内にしてはかなり明るい場所になっている。
しかし一番に目に飛び込んできたのは、白衣を着た長髪の男が腕に付けている機械の銃口をメノアに向けているところだった。
メノア!!
メノアを心配して咄嗟に足を動かし、メノアの所へと駆ける。男の腕は魔力を根源とする機械なようで発射するまでに時間が掛かるようだった。おかげでバロウがメノアの前まで来ても、未だその機械は火を噴いていない。
「……お兄ちゃん?」
存在に気付いたメノアが呼び掛ける。
それに答えるは恐怖を吹き飛ばし、安心させることのできる頼もしい言葉だった。
「おう! よく頑張ったな、後は任せろ!!」
「ん? お前は誰かね?」
腕の機械は既に魔力の充填が完了しているようだが、男は機械の魔力の発射を止めることができたようだ。眉を顰めながらバロウを観察している。
「挨拶はいい。それを俺に撃って来いよ」
「フン、死人に口なし。いいだろう、お前がここにいたことは忘れてやる――ショットガン!」
男は、バロウの余裕が癇に障ったのか銃口を俺に向けてそれを射出する。機械から出たのは魔力が収束された魔光波のようなものだった。それは光を放って俺へと向かってくる。
しかしその魔力の塊は当たると思った瞬間に跳ね返った。
いや、俺が跳ね返した。
「っ……まさか、こんなことが!? このワタシの作った魔道具の威力が足りなかったというのか……!!?」
「うるせぇよっ!
よくも俺の妹に、手ェ出してくれたな!! 他の誰が許しても、この俺だけは絶対に許さねェ!!」
男は魔法が当たらなかったことに驚いていたが、一転してすぐに笑みを見せる。
「いや、これは嬉しい出来事だ。弱弱しい相手に実験台をされてもあまり意味はないと思っていたところだ。
だがしかし、お前は良い! 私の実験はこうでなければいけなかったのだ、お前のように強い者でなくてはな!!」
「その減らず口、すぐに黙らせてやるッ!!」
バロウは久しぶりに怒っていた。メノアがこんな同じ人間の男に亡きものにされていたかもしれないと思うと、怒りがどこまでも収まりがつかないのだった。
「いい! そうでなくては面白みも、実験のしがいもない! 私の実験に必要な道具がこうも揃う日がこようとは!!」
男は白衣を脱ぎ捨て、体中に装着している魔道具を展開してみせた。腕に付けている魔道具を小さくした物が男の両脇に3つずつあり、もう一方の腕にはまた違う銃口のある機械があった。
「クハハハハハハハハッ!! 怖気づくなよ、これからが実験なのだからな!!!
さっき聞いていたかは知らないが――お前の結末は正当な私の実験において、私の実験の成功を以て達せられる運命なのだ!!」
「お前の言葉はどれもこれも自分紛いで反吐が出る……ッ! 俺の運命も、俺の妹の運命も、決めるのは俺たちだ!! てめェの遊びに付き合ってる暇なんかねェ、勝つのは俺だッ!!!」
この雰囲気のお兄ちゃん、あの頃ほどじゃないけど……どこか戻ってる?
メノアは魔力切れを起こしているようで、立ち上がれないようだった。バロウは、前にこの症状を起こした者を見たことがあるからすぐに分かった。
「メノア、動けるようになったらタティエラを連れて直ぐにここを離れろ。多分このダンジョンごとアイツをぶっ飛ばすかもしれないからな……」
「えっ?」
それくらい俺は怒っている。コイツをただぶっ飛ばすだけじゃ、この怒りは収まりそうにない!!
「絶対、許さねぇぞォッ!!」
バロウは、男がまた魔道具の魔法を射出する前に走り出して、的を外させようとする。それと同時に腰の剣を抜く。
まずは、あの何発も出てきそうな魔法の束を掻い潜って行かなきゃいけない。緩急と揺さぶりで隙を作れ。
男はバロウに照準を合わせるように射出口を身体を反転させながら追ってくる。
「その割には、ワタシに攻撃せずに間合いを見るお前の冷静な判断力。強き者らしい立ち回りだ! 的には動いてもらった方が実験になるというものだしな、そのまま続けるといい!!」
準備運動ならここに来るまでに散々やってきた。今更自分の運動能力の低下にどうこう言ってる場合じゃない。今できることをするしかないが、どうしてもあの紋章の力を求めてしまっていた昔の俺と今の俺は違う。俺は、あの時平然とこなしていたことを踏ん張って、努力して、超えていかなければならないんだ。それを受け止めているし、それを成す覚悟がある。
男の両脇からの6つの銃口から一斉に魔法発射される。それも連続で何発も。
バロウは、それら全てを軽快なステップと緩急を付ける走りで避けて距離を詰めようとするが、全てを避けきることはできずに肩や脚に何発か掠り血を流す。
ブランクがあってこれだけ避けられれば十分、と思っていた矢先に横腹に直撃して穴が空いた。
「ウ……ッ!!?」
クソッ、アミスの拳より痛いじゃねェか! これは、本当に痛い……!
腹から赤い血が出てきて服に染みる。それでもバロウは踏ん張り、速度を落とさずに走っていく。
攻撃をくらってしまった怒りもあるだろう、自棄になって腹の傷を気にしないようにしていた。それだけのアドレナリンが出ている。
やがて距離は近くなっていき、なんとか男との距離を5メートル付近に近づけた。その瞬間、男は両腕の魔道具から魔法を繰り出してくる。銃口が増えた分、バロウは腕の魔道具の魔力充填がどの程度かの把握を怠ってしまっていた。
「くっ……!」
さっきのに加えて、もう一つの機械もあるから避けるのが難しくなっている。それを、なんとか紙一重で避けることができたが、避けた先の壁が破壊されていた。当たれば冗談じゃ済まなかっただろう。
バロウは、自己防衛反応を起こして男と距離を取った。
早くあの魔道具だけでもなんとかしなければこちらのペースに持ってくるのは困難だ。しかし構造も分からないのに、果たしてそんな事が可能なのか……?
「そう簡単に近づけると思ったか? 残念だったな。この魔道具の恐ろしさは、射程距離だけでなく、通常の魔法より威力が高いところにある。この脇の魔道具でさえ、当たれば体に穴を空けるぞ!!」
そんなことはもう分かってる! それをどうにかしなきゃいけないんだろうが!! 兄貴なら、妹守るのに命賭けないでどうすんだ!!
心の中ではそんなことを思いつつ、ぐうの音も出ないこの状況に情けなく思う。
コイツ、それぞれの魔道具で役割を作っているんだ。距離が離れていれば、脇の連射できる魔道具。距離が近くなれば、連射ができないが、威力が高い魔道具というふうに。
脇の魔道具ならなんとか躱すことができるが、腕のはさっきみたいに剣で跳ね返した方が効率的か?
いや、考えるな。師匠が言っていただろ。勘で行動できた方が考えて動くより速く、反応も良くなるって。
それと、メノアならそろそろ動けるくらいに回復するはずだ。早くアイツをタティエラから離さないと。
男はまだその場から一歩も動いていない為、足元にタティエラがいる。
死んでも、あいつ等だけは俺が家に帰す。もう誰も死なせたくねェッ!!




