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食事にコダワるカレと、なんか謎肉入ってるポトフ〜でも美味しいから満足です〜【旧題】ポトフに落ちた犬/Another eats: dog or girl?

作者: 初桜沙莉

2次創作を快く承諾してくださった牧田紗矢乃先生に感謝します──


────筆者

 今年の冬は例年になく寒い。

 雪こそ降っていないものの、夕暮れ時のプラットホームを吹き抜けていく風の冷たさは、頬肉に染みる。吐き出す白い息が、黄昏(たそがれ)の空に昇る。

 そんな時、コートのポケットが震える。スマートフォンを取り出すと、通知が一件。


 彼からだった。



 「ポトフを作ってみたんだけど、量が多くなりすぎちゃってさ。


もしよかったら……食べに来ない?」



 絵文字も顔文字もない文面。

 そんな素っ気ない文面でも、彼が「あははー……」と苦笑しながらこれを打っている光景を想像すると、くすりっ、と頬が緩む。

 明日は土曜日だし、今日は自宅に帰らなくてもいいだろう。なにより、こんな寒い日には温かいスープが良い。

 そうと決まれば、返信はひとつ。


 「もちろん!」


 私は、プラットホームに入ってくる快速を横目に、階段を上って反対側のホームへ歩いていった。


***


 橋詰涼太(はしづめ・りょうた)

 私の彼氏の名前。

 彼について語ることは────実はあまり多くない。

 昼休みによく行く寂れたカフェで知り合ったこと。

 食に対するこだわりが凄いこと。

 この二つくらいだ。


 彼の食へのこだわり。

 それは凄いという言葉で片付けて良いものか悩むほどに独特で、ある種偏執的とも言えた。

 まず食事は決まった店でしか食べない。

 私が仕事の合間に利用していたカフェー「落とし猫」も、そんな店のひとつ。

 私が行く時、彼はいつもカウンターの席でナポリタンを食べていた。

 彼はコンビニやファストフード店には()()()行かないそうな。「絶対に」ではないのは、月末の食費の都合で「仕方なく」行くから。


 といっても、妥協するわけではないのが彼の凄い(?)ところだ。

 彼と付き合い始めて一ヶ月くらいの頃、確か月末に近いある日だったと思う。


 「仕方ないからマーマドバーガー食べた」


という言葉とともに載せられているのは、自家製と思しきペットボトルに詰められたドレッシングと、フォークでドレッシング掛けのフライドポテトを食べている写真だった。


 その後も度々、彼のマーマドバーガーでの奇行(?)は続く。

 ある時は赤ワインのような暗い赤色をした変なソースを掛けたポテトの写真。

 ある時は明らかに高そうな木製の胡椒入れごりごり回しながら振りかけている動画。

 「訝しんで見にきた店員に無理やり食わせたよ」という言葉と一緒に送られてきた動画が「嘘だろ……」ともぐもぐ食べながら崩れ落ちていく店員の姿だった時は流石の私も反応に困った。


 とはいえ、彼は外食ばかりしているわけでもない。自炊も得意なようだ……もっとも、あれを自炊と言っていいか怪しいが。

 写真共有サイト「eatboys」に載せられているソレは、どこかの高級レストランの一品のよう。


 ある時は、こんがり焼けた綺麗な橙色をした焼き鮭と、こちらではあまり見慣れない赤味噌の味噌汁、ふっくらしたごはん。

 ある時は、黄金色に焼けたチキンと、瑞々しいフレッシュな感じを漂わせたレタスと、チーズフォンデュとフランスパン。ワインも添えてあった。


 これに一体いくらお金を掛けているのか想像もつかないが、少なくとも「Tueeendar」のタイムラインで最近有名になった【#なまなまメシ】よりは絶対に値段掛かってるし美味しい筈。


 「そういえば……」


 カフェで知り合い、いつの間にか付き合うことになった私たちだけど、彼の作った食事を口にするのは、これが初めてだということに、私は今更ながら気づいた。

 だって、今までの私たちといえば、彼のごはんのこだわりに「へー!」とか「すごーい!」とか私がキラキラ驚いてるだけだったし。

 あ、そうそう、彼は食べ方も綺麗だった。フォークとか、箸とかの使い方も上手だし、本当に噛んでるの?というぐらいクチャクチャという音は一切しない。

 そんな彼に箸やフォークの使い方を教えてもらったおかげで、友人から「お嬢様みたーい」と褒められたことはちょっとした自慢だ。


 彼の作るごはん、楽しみだなー。


***


 自宅と反対側の列車に乗って揺れること三十分。電車を降り、改札をくぐり抜けて、ふと空を見上げると、すっかり夜の帳が降りていた。オリオン座も見える。

 そのまま彼の家に向かおうかな、と思ったけれど、手ぶらで行くのもどこか申し訳ない。

 そこで私は駅前のとある店でワインとチーズを買うことにした。私はワインやチーズには詳しくない。しかし、彼曰く「この店ならどれ買ってもハズレはないネ」と言っていたのを思い出し、適当に美味しそうでそこそこの値段のものを見繕う。


 彼の住むマンションに着いたのは、ポトフメールが来てからちょうど一時間が経った頃だった。

 デニム生地のエプロンを身に付けた彼が玄関を開け、私を部屋に招き入れる。中からはトマトだろうか、どこかイタリアンな感じの美味しい匂いがする。その音を聞いたせいか、お腹のそこから、きゅるる、と我ながら恥ずかしい鳴き声がした。


 「かわいい鳴き声だね」彼はそう言って微笑する。むー。そういうところが彼はずるい。


 「待った?」


 「いや。ちょうど良い頃合いだよ。来てくれて助かったよ。流石にこれを一人で食べるには多すぎてね」


 キッチンを覗くと、コンロに赤と緑、ふたつの中鍋。ふたが閉められていて、中身は見えない。本当に作りすぎたようだ。彼の性格からして、作りすぎなんて滅多に無さそうな気もするのだが……珍しいこともあるものだ。それとも、私のために作ってくれたとか。それは深読みが過ぎるかな……?


 「ささ、座ってよ。皿によそって持ってくから。あ、コートはその辺のハンガー使ってかけて置いていいよ」


 「う、うん。そうそう、お土産にヨセミテでワインとチーズ買ってきたよ」


 「おおー、そりゃあありがとー」


 私はマフラーを外し、コートを脱ぐ。茶色の少し長袖のカーディガンを見て、ソースをこぼさないかちょっと心配になる。まぁいいか、と思い、リビングの椅子に腰掛ける。茶色の紙袋からワインとチーズを取り出し、テーブルの真ん中に置く。

 赤と白で織り込まれたランチョンマットが敷かれた木製のテーブルを挟んで二脚ずつ、計四つの椅子。

 そういえば、彼の家族の話とか聞いたことがなかったな、と思い出す。彼のことを知っているようで、まるで知らない私。

 彼女なのにね。


 「おまたせー」


 彼が手袋をつけて鍋を持ってくる。緑と白の手袋。去年、クリスマスの日に私がプレゼントしたものだ。使ってくれているんだ……と思うとまだ食べ物を口にしていないのにぽかぽかする。


 「それ、つけてくれているんだ」


 「うん。大役立ち」


 「私も何か手伝おうか?」


 「いや。莉音(りおん)はそこで待ってて」


 「うん。わかった」


 彼がふたり分の皿とワイングラス、それとおたまを持ってくる。そして彼はおたまを使って器用にポトフを皿に注ぐ。半透明の赤い液体と、それに混じって、いも、肉、キャベツが小さな滝を流れていく。


 「どうぞ。めしあがれ」


 「いただきます」


 まずはスープを飲む。トマトの濃すぎず薄過ぎないコクのあるスープだ。そしてキャベツを食べる。柔らかく、甘い。そしていも。食感からしてどうやらさつまいものようだ。美味しいけど、実はあまり好きではなかったり。でも美味しいから良し。今度はじゃがいもにしてもらおう。そして最後に肉……。

 うん。肉なんだけど。


 「なぁーに?このにく」


 「うん?」


 肉は肉なのだが、鶏肉でも無さそうだし、牛肉でもなさそう。強いて言えば豚肉のような見た目だ。でもなにか違う。


 「それは食べてからのお楽しみだよ」


 「むー」


 とりあえず謎肉(?)を口に運ぶ。油っぽくない。随分とさっぱりした食感……っ!ピリッと来た。胡椒だ。不意打ちだよ。あとから来るスパイスィな味とか卑怯だ。でももっと食べたい……っ。


 そうして私はポトフを平らげる。

 時計を見ると……まだ十分も経ってない!


 「お口にあったようでなによりだよ」


 彼はにこやかに微笑む。


 「うん。それにしても不思議な肉ね。豚肉でも無さそうだし、牛でも鶏でもなさそう」


 「おお。良い疑問ですねぇ……!」


 「池○さんじゃないでしょ君」



 「このお肉はですね……実は犬なんですよ……!」



 「ごふぉ!」思わずむせた。犬て。ええ。チワワとか芝犬とか私そんなの食べちゃったの?!キャーィーン!ってなくアレ?お手したらお手返すアレ?やばいやばいさすがにそんなの食べたら犬さんかわいそおおおおだよおおおお!「まってまって莉音犬は犬でも違うから!」「ごふおおおお」「これは食用犬っていう新種のお肉なのの!」「ごふ…しょくよう…けん?」「うん」「ごくん」飲み込んだ。


 「これはね、韓国で有名な食用犬で、『ハムハム』というんだ」


 彼は私にスマートフォンを見せる。そこには犬には全く似つかない、どちらかというとソーセージみたいな見た目の四足歩行の長い胴体をした動物が映っていた。はぁ……犬じゃないじゃんねー。焦った……。


 「ごめんよー。でも。美味しかったろ?」


 「う、うん。


 ……でも、心臓に悪いから誤解する冗談はメーだよ!!!」


 私は彼の頭にチョップを入れる。


 「いたっ」


 「も、もう、焦ったんだから……」


 「ごめんてば〜〜」


 その後私たちはポトフを一緒に食べ、ワインとチーズで乾杯をした。

 初めての彼の家での夕食は、ちょっと一波乱あったけど、楽しかった。





***





***






────ある時ある場所あるSNSにて




ハッシー  @hashi_pochi 8時間前

#食用犬食わせてみた


付き合って2年目の彼女に食用犬を食わせてみました。


【画像 no image】


ハッシー @hashi_pochi 8時間前

#食用犬食わせてみた


普通の犬かと思っていたようでとても錯乱気味。食用犬(笑)というと納得した。食用ならいいんだね(笑)。人間ってやっぱ残酷だわ(笑)。


ハッシー @hashi_pochi 4時間44分前

#食用犬食わせてみた


ボクの元カノを食べたと知ったらどんな顔するかな?泣く?怖がる?引く?どれだろう?

答えが聞けないのが残念だなあ。2年。長かった。仕込みは終わったので、またポトフを作ることにしよう。新しい肉は手に入ったし。


みてろよ【#なまなまメシ】より凄いもん見せてやるから。

これが────本物の料理だ。

感想・評価お待ちしています。


追伸:キャラに名前つけたら作者の思惑と外れたところにひとりでに歩いてった……

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