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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
王の娘
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13 トッド・ウエスコット辺境伯

「おう、どうした?あまり顔色が良くないぞ。」


王宮に伺ったら、ネルソン王太子にまず最初に見つかった。


「二日酔いです。昨夜は、ラ・ロッシで、ばあやを送る会を開いてましたから。ちょっと飲みすぎましたよ。」


そう答えると、殿下がニヤッとした。


「なんだ?ラ・ロッシに行ったのか?誘ってくれたらよかったのに。だが内緒で行ったんだったら、レベッカに膨れられるぞ。」


私もニヤリとした。


「レベッカは知っています。姉と一緒にいって、見張ってもらうんだったらいいよ、と言われております。」


殿下が呆れたような、それでいて安堵するようなため息をつく。


「・・・前世の記憶がなくなっても、基本的にあんまり変わっていないのだな。

君の義姉上はどうしている?」


殿下が心配するのも無理はない。あの日、冥王によって灰となった、ばあやに、


「お母さん!」


と、叫んで駆け寄り、姉は必死で灰をかき集めていた。私は、レベッカを腕に抱いていたので、動くこともできなかった。だが、動けていたら、姉と同じようにしただろう。


「大丈夫です。姉上も、『お母さんがあの最後を心の底から望んでいたのはわかっていたのに、慌てちゃったわ。』と、言っておりました。


ドロレスは、もう十分今世をさまよいましたから。とはいえ、ラ・ロッシの皆は、『なにも私たちの時代(とき)に逝っちゃわなくてもいいのにね。』とこぼしてはいましたが。


まあ、そういうことで昨夜は、ラヴィニアやパトリシアと共に、ドロレスの遺灰を前に皆で酒盛りをしていたんです。」


ネルソン殿下が頷いた。


「そうか。ドロレス殿の遺灰はどうするのだ?」


「ラヴィニアが今度の興行の際、海に持って行って撒きます。ウエスコットの領地に埋葬することも考えたのですが、皆が、『どうせお母さんのことだから、あちこちにいろんな繋がりを作ってるわよ。1箇所に留め置いたら文句がでるかもよ。うすーく、ひろーく散骨しましょう。』って、言われたので。」


ドロレスがいなくなってしまった事を思い返すと、私の胸は未だ酷く痛む。


ばあやと呼びながらも、ドロレスは私の母だった。だがもっと一緒に居たかったというのは、私の我儘なのだろう。ばあやは、


「親はいつの日か子供の手を離さなきゃいけない。」


そう、自分に言い聞かせるよう繰り返していた。


ちょっと考えこんでいた殿下が、気持ちを切り替えるように聞いてきた。


「今日は?」


私も、自分の思いを振り払うように答える。


「陛下に呼ばれております。これからのことを打ち合わせないと。」


「おい、おい、婚約破棄とか無しだぞ。うちの女性陣は、リーア様とトッドの悲恋物語にひどく感動しているから、これで婚約破棄とか言ったら、お前、呪われるぞ。」


私は吹き出した。


「いやいや、精霊王への賞賛と収穫祭をどのようにまとめて、民衆に啓蒙していくかっていう話し合いですよ。」


殿下が頷く。


「今陛下は、神官達と打ち合わせ中だから、少し待ったほうが良いかもな。陛下は、既存の宗教に精霊たちに対する崇拝を盛り込めないか、神官達と交渉しているよ。」


畏敬の念と共に、思わず口に出る。


「・・・全く、陛下は・・・」


「狸だろう?口先一つでよくもまあ、と思ったろう?」


殿下がにやけている。だが、これは真面目な話だ。


「いや、この国を、人間を救われましたよ、陛下は。」


殿下もわかっていての反応だろう。コダヌキめ。


「で、そっちの領はどうなんだ?」


進捗状況を簡単に報告した方がよいだろう。


「兄上が、早速領内の名主達や農民のまとめ役の人たちと話を進めています。収穫祭に合わせて、大々的に自然とその恵を讃えるという名目で。」


「そうか。問題はないのだな。」


私は背筋を正す。


「いや、逆に、問題に気づかされましたよ。今まで、我々も炭鉱のことばかりに気を取られて、領地のもう一つの産業である農業にあまり注意を払っていなかったのではないかと。名主達も、その辺をうっすら不満に思っていたらしくて、今回の企画は非常に喜ばれています。彼らの気持ちに気がつかなかったのは、迂闊でした。


まあ、収穫祭には、ラヴィニアのところの劇団が各地で、歌と踊りを披露して回ってくれるので、その際には、精霊王も称えてくれるように根回しはしておきました。」


殿下は顎をかきながら、考え事をしている。


「ラヴィニアの劇団には、王都でも一芝居打ってもらえないかな、うちの奥さんと協力して。


あ、それで思い出した。うちの奥さんが、話を聞きたがっているぞ。」


「話?」


「ああ、ドロレス殿の冒険譚や、リーア様の話だ。君はドロレス殿から聞いた事があるんだろう?」


「はい。ばあやは、幼い頃、眠れない私に聞かせてくれましたからね。リーア様の話も、記憶をなくす前のレベッカから少し聞いています。」


「それを、精霊王を讃える冒険譚として本にするよう、陛下に、うちの奥さんが頼まれてるんだ。知らなかったっけ?うちの奥さん作家だよ。本が出たら、戯曲かなんかにして、ラヴィニアのところでやってもらうかだな。」


そこでハタと思いついた。


「しかし、ドロレスの話をすると、精霊王は悪役になってしまうのでは?」


殿下がため息をつく。


「ああ、そうだよね。でも、そこをどうにかしろって陛下に言われて、うちの奥さん髪をかきむしっているよ。『精霊王に命じられて、不死を頼りに、人々を救うって話にするしかないわよねぇ。』って言ってる。」


別室で待っているので、その辺のことを奥さんに話してほしい、ということだった。私は一も二もなく同意した。ドロレスの物語がこの世にでるのであれば、ドロレスを知る人たちに(もしくはその子孫に)知られることもあるかもしれない。


「トッドったら、オッそーい!」


別室から、レベッカが現れた。殿下が、


「なんだ?お前なにしてる?陛下と共に、神官と聖なる乙女の修行の話をしていたんじゃなかったのか?」


と、問いかける。レベッカは、


「話が寄付やら、信者数やら、聖典の解釈やらのきな臭い話になってきたから、陛下に追い出されたの。」


やれやれ。


「どうせ、聖なる乙女なんて結婚するまで、1回やればいいんじゃないの?陛下がそう言ってたもん。」


私は慌てた。


「おい、誰が聞いているかわからないぞ。」


誰ってもちろん彼の方(精霊王)のことだが。レベッカは平気で続ける。


「乙女は毎年変えていくんですって。平民、貴族を問わず、美人コンテストも兼ねて、全国から人選するって。私は最初の年だけやって、乙女の座に箔をつけろって言われたわ。栄誉ある乙女の座は、翌年から1年ずつ、選ばれた女の子が行うのよ。私一人に想われるより、いろんな女の子に称えてもらった方が、精霊王も喜ぶんじゃないか、というのが、陛下の解釈よ。」


ホント、陛下、いや、全く。殿下もいささか呆れている。


「と、いうことで、私は今日はもうお役御免なの。トッドの話を聞きたいわ。皆楽しみにしているのよ。」


「皆って、うちの奥さんだけじゃないの?」


殿下が聞く。レベッカが、


「エマ姉様だけではなく、お母様もお待ちよ。」


と言う。


「王妃殿下が?なぜ?」


と、私が聞くと、


「昨日トッドがラ・ロッシに行くって言ったら、お父様がうっかり、『パトリシアのところか?』って言っちゃったのよ。それで、陛下が、ラ・ロッシに通ってたことがあったのが、お母様にばれちゃったのよね。だからお母様、ラ・ロッシの話から聞きたいみたいよ。」


ネルソン殿下が、苦いものを飲み込んだような顔をしている。


「エマはなんと言ってる?」


「エマ姉様は取材で何度か行った事あるんですって。トッド、今度私も連れて行ってね。」


私はため息をつく。


「ラ・ロッシの話をすると、ランス・ウエスコットの話もしなきゃならないんだけど。奴が何をして、奴に何をしたかも。」


女性である王妃や妃殿下にあの話をするのは、あまり気分の良いものではない。しかし、レベッカは気にもかけない。


「いいじゃないの。本にする時は、その辺はうまくエマ姉様がやってくれるわよ。まあ、ばれたところで、ランスはランス。トッドはトッドよ。」


そう言うと私の右腕に自分の腕を通して来た。レベッカは変わらない。前世の記憶がなくなって、ひょっとしたら、今度は私がレベッカを追いかけなくてはいけないのかと覚悟していた。さんざ追いかけさせたのだから、それぐらいなんともない。そう思っていたが、変わらぬレベッカは有難い。


私は私。精霊達から見て、ほんの一瞬の時間の人生でも、その時を精一杯やっていくしかない。行き着く先に、きっと、あのちょっとおっかない冥王と、ばあやが待っているのだ。


彼らに恥じない人生をレベッカと共に生きて行こう。


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