12
「お待ちください!今しばらくお待ちくださいませ!」
陛下が声を張り上げる。陛下も立っていられないのだろう、片膝をついている。そのままの体勢で、陛下が深く頭を下げた。
「精霊王に人の王として、お詫び申し上げたく、そのお時間をいただきたく存じあげます。すべては人の不徳の致すところ。この世を離れる前に、何卒陳謝させてくだされ。」
騒音が止み、静かになった。
王太子と、王太子妃、そして王妃がすかさず陛下の後ろに走り寄り、膝をつく。そして陛下と同じように、頭を下げた。
「精霊王様の日頃よりのご厚情により、我々しがない人間が、生きながらえ、富栄えてまいりました。にも関わらず、人間が、ご恩を忘れて奢り高ぶりましたこと、赤面の思いでございます。
我が子レベッカも、人間として生を受けたとはいえ、長く精霊王のご慈悲を賜りましたこと、感謝の念に堪えません。」
私は白目になった。そうだっけ?この歯の浮くようなお世辞に、精霊王が・・・
あれ。動いてるよ。精霊王が降下してきた。まじか。
「続けよ。」
精霊王が命じる。
「精霊王様のお怒りごもっともにてございます。精霊王様からのご慈悲を忘れた我らがなぜ今まで、貴方様のお怒りに触れ、雷に打たれ、土砂流に流されなかったのか、そうなっても全く不思議ではございませんでした。それも精霊王様の温情でございましょう。感謝の念に堪えません。」
精霊王が、頷きながら、陛下の謝意を受け取った。
「私は、その愚かな人間を取りまとめております、この国の王でございます。精霊王様のお力には小指の先ほども力は及びませんが、人を統治することはできます。愚かしくも精霊王様の恵を忘れた者共に、襟を正し、行いを改め、日々、精霊王様に感謝するよう指導していくことは出来ます。もちろん、私自ら、そして私の家族も、率先して精霊王様の徳を讃える所存でございます。」
そう陛下がおっしゃると、後ろに並んでいた、王太子夫妻や、王妃も、また改めて深くお辞儀をする。
流石、タヌキの家族。凄い。
陛下が続ける。
「 人々の王としてお約束申し上げます。民が心を入れ替え、自然とその恵、そしてそれをもたらす精霊王様に、限りない敬意を差し出させていただきますことを。
我々王家だけではなく、ウエスコット卿も、その影響力を駆使し、精霊王様 を讃えましょうぞ。」
トッドが陛下に同意して、深く頷いた。そしてそのまま首を上げることなく
「非力ながら、私も王家を助け、我々の領土に限りない資源をくださいました、精霊王様を讃えたいと思っております。」
いつの間にか同じ高さまで降りてきていた冥王がトッドの言葉をつないだ。
「人なくば、お前の欲する敬愛も生まれまい。人間を潰したところで、何も生まれんぞ。どうだ、人間達にチャンスを与えては。」
そう言われて精霊王も少し考えている。
「リーアはどうする。」
ここがチャンスとばかりに、陛下が答える。
「レベッカの姿をとったリーア様は、率先して精霊王様にお仕えいたしましょう。収穫の際には、精霊王様のお恵を寿ぎ、歌い、讃える乙女となりましょうぞ。
それでこそ、親を敬う娘でございましょう。」
ひえっ、大変だ。レベッカ様、上手くやってくれよ、と心の中で祈った。
幸いなことに、レベッカ様は、しおらしく、トッドの横で膝をついた。
「お父様、人としてお父様のお力を奉拝することをお許しくださいませ。」
トッドがレベッカ様の手を握る。
緊張のあまり、誰も動かない。一体どれだけ時がたったろう。ここが落とし所だよ!私は精霊王を睨んだ。
静寂を切り裂いて、精霊王が言葉を発した。
「あいわかった。お前達に猶予をやろう。どこまでできるか、やってみるがよい。」
そう言うと、精霊王の姿が、薄くなり始める。その姿に冥王様が声をかけた。
「人の生き死には私が司るぞ。」
その姿が完全に消え去る寸前、精霊王が頷いた。
その場にいた全員からため息が漏れた。
陛下が、残った冥王様に声をかけた。
「冥王様におかれましては・・・」
陛下の言葉を冥王が遮る。
「私のことは気にするな。弟とは違う。世辞はいらん。人とは嫌でも付き合いがある。いずれお前達の命は尽き、私とまた出会うのだ。まあ、それまで精進せよ。
私は、この世の歪みを正しにきただけだ。」
そう言うと、冥王は、スーッとレベッカ様に近寄った。
「伯父様?」
レベッカ様が冥王を見上げる。その額に、冥王が片手を置いた。
レベッカ様が崩れ落ちる。
「レベッカ!」
トッドがレベッカ様を抱きとめて、両腕で抱えこむ。
冥王様が、
「心配ない。余計な記憶を取り去っただけだ。すぐに目が覚める。前世の記憶など不必要だ。」
と、言った。
振り向いた冥王様と目が合った。そのまま彼が近づいてくる。
「これもな。」
そう言うと、冷え冷えとした片手が、私の額に掛かる。
フッ。
真っ暗。