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「兄者?」
精霊王が片眉を上げる。
兄と呼ばれた人物(?)は、レベッカ様とトッドの近くに、これもまた宙に浮かぶように立っている。いや、2メートルを超える巨体で、そそり立っていると言った方がふさわしいか。黒々とした髪と、これもまた、立派な顎髭。角ばった顔は、青白・・・むしろ青い。
どうやら私に死が近づいているわけではなく、ただ部屋が暗くなっただけのようだ。その薄暗くなった部屋の中で、巨人が超然として睥睨している。
巨人は、そこだけ輝いている精霊王に話しかけた。
「創世期以来か、久しいの。」
精霊王が、フン、と鼻を鳴らす。
「なぜか今回は、遠方からの操作が上手くいかんと思うておったら、兄者が絡んでおったか。リーアの手助けをしたな。お陰で自ら出向かなくてはならなかったぞ。」
巨人は、レベッカ様の側に立っている。ちらっとレベッカ様を見下ろすと、
「ああ。これに懇願されてな。お前の干渉を遮っておったわ。放っておけばよいものを、お前もつまらぬことをするものだ。」
巨人がうんざりしている。
精霊王が、表情も変えずに答えた。
「私の娘だ。私の好きにさせてもらおう。」
まだ言うか。私の腕に力が入る。少し体を起こすことが出来た。
「いえ、この子は私の娘です!」
それまでずっと黙っていた王妃が、陛下のそばをすり抜けて、レベッカ様に駆け寄った。
「ご慈悲をお願い申し上げます。この子の魂がどうであれ、レベッカは私が生み育てた、人の子でございます。慈しんで育てて参りました。この世に人として生まれてきたのであれば、人として生きていく事をお許しくださいませ。」
王妃がレベッカ様の手をしっかり握りしめるのが目に入った。
巨人が、
「そうか、お前に『間に合わないわ!急いで!』と懇請されてねじ込んだ輪廻転生だが、良い親を持ったようだな。」
と、レベッカ様に呟いた。
レベッカ様が嬉しそうに頷く。
妖精王が、
「兄者め、余計なことを。」
と、唸る。
巨人は、
「なぜだ?人の生き死に、輪廻転生は、冥府の王である私の仕切りだ。お前こそなぜ、人の生死に手を出した?それこそお前の管轄外のことであろう。」
と、宣った。
うわ。この巨人、冥王様だ。ようやく正体が分かった。私を含めて、皆、緊張を新たにした。
だが精霊王は引かない。
「リーアは精霊だ。」
冥王は首を横に振った。
「精霊としての生はとうに終えておろう。生まれ変わって人となっておる。お前がこの子に執着し、余計な前世の記憶をねじ込まなければ、このような歪みはとっくになくなっておったわ。」
精霊王の抗弁は続く。
「精霊は死なぬ。リーアは精霊だ。」
「いや、リーアは死んだ。お前によって魚に姿を変えられ、そこの女に料理され、食われたのであろう?」
皆の驚きの視線が、私に集まったことを感じる。ご、ご、ごめんなさい。本当に申し訳ない。心底居た堪れません。
冥王が続ける。
「元を正せば、お前がリーアを魚に変えたからであろう?そこな女は、人として、物言わぬ魚を食すという普通のことをしたまでだ・・・」
「私はリーアを殺してはいない!」
初めて精霊王の言葉に怒りが篭った。
なんだ、この人は、子供を殺してしまった事を、親として受け止められないのか。
全てがストンと私の中に入ってきた。
レベッカ様が慌てて声を上げる。
「違うわ。誰も私を殺してはいない!トッドに会えなくなって、寂しさのあまり人に釣られて、死を選んだの!ドロレスもお父様も私を殺してなどいないわ!」
「それ見ろ、その子は私の娘、リーアだ!」
精霊王の勝ち誇った声を聞いて、レベッカ様が、『あっ!』という顔をした。
冥王は、全く動じない。
「それならば、親として、なぜその娘の幸せを願わぬのだ?」
「精霊に対する敬いを忘れた人間にやる娘はおらん!」
ついに、精霊王が切れた。その姿がさらに空高く浮かび、私たちを睥睨する。だが、同じ高さに、冥王がふわっと浮かび上がった。
冥王と妖精王が鼻をつき合わせている。
「己のつまらぬ意地で愚かしいことを続けるつもりか。」
ゴ、ゴ、ゴ
地面が揺らぎ始める。
「「うわっ」」
立っていられなくなった、フォークナーの息子たちが、尻もちをつく。ダイアナが、這いながら息子達のそばに向かう。
ガ、ガ、ガ
部屋の外からも叫び声が聞こえてくる。
グワン、グワン、グワン。
床がしなり、柱が振れる。
グワッシャーン!
ステンドグラスが砕け散った。
ああ、神々達の意地の張り合いだ。これは人間、地獄を見るわ。