10
忘れもしない。あの時と同じ姿で現れた。謁見室の入り口近く、ステンドグラスからの光を受けながら、宙に浮く、その姿。
腰まで届きそうな銀髪も、口を囲むヒゲも、眉間に寄った皺もそのままだ。精霊王め。お前も不老不死なのか。おまけに老人になってから不老になったな。
足を動かすこともなく、精霊王は、滑るように我々に近づいた。
「父として、我が子をそのような輩に嫁がせるわけにはいかんな。」
レベッカ様が息を飲む。そのレベッカ様を後ろにかばいながら、トッドが前に進み出た。
「精霊王であらせられますか。お目通り叶いましたこと、誠に光栄でございます。」
会場が騒ついた。
「「精霊王・・・」」
驚きとともに、つぶやく声が上がる。王太子だろうか。陛下だろうか。
トッドが声を高くした。
「何卒、私、トッド・ウエスコットと、ハミルトン王国、第3女、レベッカ・ハミルトンとの婚姻に、精霊王より御祝福を賜りますよう、伏してお願い申し上げます!」
精霊王の眉間の皺がわずかに深くなった。
「卑しき人間共に精霊の娘をやるつもりなどない。」
トッドの後ろからレベッカ様が飛び出した。
「私は人間だわ!もうずうっと人間として生きてきた。貴方の娘ではありません!」
精霊王の口元が歪む。
「愚か者め。その生を繰り返しながら、まだ解らぬか。お前の精魂は精霊に祝福されたもの。お前は精霊だ。何度生まれ変わろうともそれは変わらぬ。そして、精霊で有る限り、人との婚姻など認められぬわ。
精霊への敬意を忘れ、我らのもたらす恵を当たり前のように受け取り、浪費する虫けら共が、私の娘をくれとはな、片腹痛いわ!」
そう言うと、精霊王が片手を振った。トッドが文字通り吹っ飛んだ。
レベッカ様が、ネイトが、ダイアナが、トッドに駆け寄る。そのレベッカ様の動きが止まった。
振り向くと、精霊王がその右手をゆっくり閉じている。レベッカ様が引きずられている。
ネルソン王太子が、飛び出そうとするのを、陛下が片手で抑えた。
「止せ!人ならずの者の力だ。お前には敵わん!」
王太子は歯噛みしている。頭を振りながら片足で立ったトッドは、それでも再びレベッカ様に手を差し伸べたが、再び吹き飛ばされた。
トッドの口から血が流れている。私のトッドの口から。
よくも、よくも。
幸い私の席は末席で、精霊王から一番近い。トッドの所へ行くのなら、私の屍を乗り越えて行くがよい。
私は、精霊王の前に立つ。そして、その顔を見上げた。
「親と名乗るの?アンタのどこが親なのか、聞かせて欲しいわね。」
精霊王の顔がやや訝しむ。お忘れか。
「ああ、あの男の妻か。毎日森に通っておったが。未だ彷徨っているようだな。」
顔に血の気が上がるのが感じる。ジェイコブが只管許しを請うために湖に通っていたのを、鼻で笑っていやがったのか。
「そりゃアンタが、私を不老不死にしたからだ。彷徨う間に、私がどれだけ、子供達を、そして親達を見てきたと思うんだ!
アンタは最低最悪の親だよ!おめでとうを言うよ。ダントツで一番の悪父だ!親として子供から敬愛されたかったなら、まず子供を愛せ!愛情を催促するんじゃない!」
表情も変えずに、精霊王が片手を振った。私の前身に、焼け付くような痛みが走り、切り裂かれた皮膚から、血が流れ出た。
「ふん、殺す事は出来ぬが、半殺しにはできるな。」
「ばあや!」
後ろからトッドの声がする。
「来るんじゃなーい!」
私は振り返りもせずトッドを止めると、残った力を振り絞り、精霊王を睨んだ。
「敬意とおっしゃるか!人々からの敬意がないと!いい加減にしろ!敬意だって親への愛情とおんなじだ!要求されて出てくるものじゃあないわ!アンタに敬えるものがあれば、私たちの間に自然と生まれてきてたさ!アンタのどこにその・・・」
ギリギリと首を絞められ、それ以上言葉が続かなかった。体が宙に浮いている。
あたりが暗くなる。半殺しっていってたくせに、いっそ殺してしまうのかもしれないね。上等だ。やってみるがいい。すぐに戻って来てやる。
「2度とその口がきけぬようにしようか。それとも誰も人が寄ってこない醜悪な姿にしてこの世を彷徨わせるかな。」
ドサッ。
体が床に落ちた。
「遅いわ!」
レベッカ様の半泣きの声が聞こえる。
「いやあ、すまん、すまん。どうもあのキラキラしたやつが苦手でな。ちょっと暗くしてたんだ。」
誰だよ。