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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
王の娘
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8 トッド・ウエスコット辺境伯 

ノックをしても返事がないので、失礼ながら、お部屋にお邪魔させていただいた。


王女付きの侍女たちが、心配そうに見守る中、ベッドの布団がこんもりと丸くなっている。レベッカ様は、どうやらこの中らしい。


私は、ドアを開けたままでよいから、侍女たちに外で待機するようお願いした。幾ら何でも、王女に頭を下げているところを見られたくはない。


ベッドの端に腰をかけた。うまく聞こえるだろうか?


「レベッカ様、申し訳ありませんでした。」


布団の中から、もごもごと声がする。ハッキリわからないが、恐らく、「嫌い」とか「出てけ」の類だろう。


「レベッカ様、ちゃんと謝らせてください。お願いします。」


もご、もご、もご。今度はちょっと長めだったが、何をおっしゃっているのかわからない。布団に口を寄せて、


「もう一度お願いします!」


と、叫んだら、勢いよく布団が起き上がった。もう少しで顎にアッパーカットを食らうところだった。


「どうせ、ドロレスに言われて謝りに来たんでしょう?!そんなの要らないから。サッサといなくなって!」


レベッカ様の全身は未だ布団に包まれており、隙間から、顔だけがちょこんとのぞいている。なんか可愛い生き物だな。


「おっしゃる通りです。ばあやと義姉には随分叱られました。」


その途端、レベッカ様のほっぺたが膨らんだのを見て、慌てて追加する。


「話を聞いてください。ちゃんと謝らせてください。お願いいたします。」


「嫌!今度生まれ変わっても、もう、絶対探してなんかやらない!」


どういう意味かよく解らないが、どうやら未来永劫嫌われたらしい。


「本当に申し訳ありません。貴方を傷つけるつもりは露ほどもありませんでした。」


「つもりがなければいいわけ?傷ついちゃったら、あろうがなかろうがどっちでも同じじゃない。でもねぇ、もう絶対、2度と傷ついてなんてやらない。もうトッドには私を傷つける力はないんだからね。」


そう言いながらも、レベッカ様の瞳から、ハラハラと涙がこぼれ出た。


一体私は何をしたんだ!罪悪感で身動きが取れなくなる。説明しなくては。解っていただかなくては。


「申し訳ございません。レベッカ様が私に好意を持っていらっしゃるのは知っていましたが、まさか、そのように深いお気持ちがあるとは夢にも思っておりませんでした。」


「どうしてよ?ちゃんと、愛してるって言ったわよ?」


いや、ですが、10代に入ったばかりの幼い女の子に言われても。深—く息を吸って吐いた。きちんと話ができるだろうか。


「レベッカ様ではありません。私の問題です。」


「それはそうでしょ。」


すぐさま返された。やりにくいなあ、もう。


「誰かに愛されるなど、思いもよりませんでした。ましてやとても若い女性には。」


「だからどうして?」


「父のことをご存知ですか?彼がどんな酷いことをしていたか。社交界では長く噂になっていたはずです。ひょっとしてレベッカ様のお耳に入っていなかったのかもしれません。」


レベッカ様の顔が歪む。


「知ってるわよ。幼女ばかりを相手にしていたのよね。」


「そこまでご存知であれば、私が自分の体に流れるこの悍ましい血を厭い、呪っていることはご理解いただけますでしょうか。この私を・・・」


「ちょっと待って。それって、貴方の中に貴方のお父様の血が流れているからって、こと?」


不意打ちを食らった。


「・・・はい。」


「いや、一代ぐらいで、なんでそうなるの?貴方の中には、延々と流れるトッドの魂があるのに。そっちの方がよっぽど重要なのに?」


「はい?」


「トッドの霊魂よ。」


「私の魂ですか?」


レベッカ様が、顔を布団の隙間から、ズボッと出して、ため息をついた。


「こうなると名前が同じなのはめんどくさいわね。いい?昔、むかーし、あるところに、トッドという農夫がおりました。」


なんでおとぎ話が始まるんだ?


「トッドという農夫は、ある日、精霊の住む湖に、供物を捧げるために出かけ、そこで、とってーも美しい、綺麗な、美人の精霊に出会います。」


変なところを強調するな。


「トッドとその妖精、リーアというんだけど、は、一目で恋に落ちました。」


「ええと。はい。」


「ところがその二人の恋を歓迎しないものがいました。精霊を生み出した、精霊王です。精霊王は、人に恋したその美人な妖精を、罰として湖に住む鯉に姿を変えてしまいました。


トッドは毎日、毎日、精霊に会うために湖に通いましたが、精霊の姿を2度と見ることはありませんでした。そしていつの間にか、失意のうちにトッドは亡くなってしまいます。


湖の鯉になった、リーアは、ずっとトッドがくることだけを生きがいに待っていましたが、トッドが現れない、その絶望のあまり、死を選びました。」


「・・・随分悲しいお話ですね。」


なぜレベッカ様がこんな話をするのか知らないが、よくある残酷なおとぎ話らしい。


「そうでしょ?でもこのお話は、幸福な結末を迎えるはずだったのよ。トッドの生まれ変わりのトッドと、リーアの生まれ変わりのレベッカが、巡り合って結ばれるんだから。」


頭大丈夫かこの王女。


私の顔が引きつったのに気がついて、レベッカ王女が文句を言った。


「本当よ!貴方は農夫トッドの生まれ変わり。私は精霊リーアの生まれ変わりよ。そんな、父親の薄い血より、連綿と続いてきた魂の方がよっぽど大切だわ。」


私の生まれを慰めてくれた人たちはいたが、(ばあやとか、義姉夫妻とか、ラ・ロッシの人たちとか)こんなヘンテコな慰めを聞いたのは初めてだ。まあ、独創的ではあるな。


「なんで、信じられないの?世の中に不思議なことはないとか、思っているわけじゃないでしょう?ドロレスのことがあるじゃない!」


へっ?


「ええと、ドロレスのことをご存知で?」


「ドロレスが不老不死だってことでしょう?それだって、私を殺して食べた罰だから。」


へっ?


「その時は魚だったし。」


「・・・ばあや!」


大声で呼んだ。


「ばあや、ちょっと来て!」


いや、最近は、ばあやじゃなくて、ドロレスと呼んでいたのに。私が子供みたいじゃないか。


私の叫び声で、侍女たちが、ドロレスを召喚してくれたらしい。ドロレスが部屋の入り口から顔を出した。


「なんです?」


私が答えるより先に、レベッカ様が返事をする。


「貴方、鯉だった私を食べた罰を受けたのよね。」


ああ、という顔をして、ばあやが答える。


「そうですよ。私は、精霊王の呪いで不老不死です。言いましたよね?」


そういうと、ばあやはすぐに引っ込んでしまった。


「ねっ?」


レベッカ様が得意そうに私を見る。その情報を、私にどうしろと言うんですか!



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