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ネルソン殿下が、続ける。
「この事業は、ウエスコット領内だけでは意味をなさない。国を挙げてレールを拡張していかなくてはなりません。そしてそのレールが諸外国とも繋がらなくてはならないのです。その折衝は、既に関係を確立しているフォークナー伯爵に、引き続きお願いすべきですね。ただ、本格的条約の提携のための交渉は国家間のことであるべきです。私も交渉に当たります。王家と協力し・・・」
「お待ちください!」
お肉を弄ぶレベッカ様の手が止まるぐらいの勢いで、子爵が叫んだ。
「なぜ、フォークナー伯爵が仕切らなくてはならないのですか!伯爵は、ウエスコット卿に近すぎます!新たな人選をお願いしたい!ウエスコット卿が王家を裏切ったらいかがなさいます!私ども王都の貴族と関係も薄く、遠方にあるウエスコット側で利益を独り占めしかねないでしょう!」
ネルソン殿下は、言葉を遮られて、ちょっと不愉快そうだ。
「ウエスコットと王家は、これから関係を深めていく予定ですよ。その手始めとして、ウエスコット伯と我が妹、レベッカとの婚姻を打診するよう、私は陛下に申しつかってきております。」
そういうと、殿下は眉をクイッと上げて、レベッカ様の方を見遣った。
レベッカ様の顎が落ちた。おそらく私の顎も落ちているだろう。トッドは目を見開いてはいるが・・・レベッカ様ほどは驚いていないか。
私は、ネイトとダイアナを見やる。ネイトは事の成り行きがいかにも面白い、という顔をしているが、ダイアナの目が・・・細くなっている。うん、これは、知らなかった顔だな。そしてちょっぴり怒っているぞ。
「殿下!お待ちください!」
子爵が叫ぶ。
殿下は、不思議そうに、
「なぜ?」
と、お尋ねになった。
子爵は理由を考えるのにしばらく時間が必要なようだ。
「・・・あの、いや、レベッカ様におかれましては・・・ですが、ウエスコット卿も・・・ええと。」
ネイトが、喜色満面で、
「ああ、これはまた、非常によいご縁ですね。幸い義弟は、まだ結婚相手を決めていませんし。陛下は、いかように仰せなのですか?」
と、殿下に尋ねる。
「陛下は、トッド君のことをいたくお気に入りです。『若いのに骨のある男だ。彼ならレベッカの我儘をうまく御してくれるだろう。』とおっしゃっています。
そうでなければ、かわいい娘が何度も袖にされ、恥ずかしい目にあっていても、放っておいたりしないですね。」
そういうと、レベッカ様とトッドの方をニヤッとしながら見ている。
トッドは、冷静さを取り戻したようだが、レベッカ様のお口はまだ開いたままだ。いや、レベッカ様、本当に何をしたのよ。
ネルソン殿下が続ける。
「レベッカもトッド君のことを憎からず思っているし、トッド君も適齢期だ。良い縁組だと思うのだがね。」
そう言いながら、トッドに向かって、『どう?』と尋ねるように片眉をあげる。だがトッドの返事の前に再び子爵の声が上がった。
「ですから、ウエスコット卿は、王女様にご関心はおありにならないでしょう!それに引き換え、デイビス公爵のご子息は、王女様にその熱き思いをお伝えし、王女様からの慈愛を・・・」
今度はネルソン殿下が遮った。
「いったいいつから王家の縁組が愛情に基づいたものになったのかい?」
子爵は言葉を失った。
殿下がトッドの方を見ながら、首をかしげる。トッドは、半目になり、ゆっくり頷いた。だが何も言わない。
ネイトが殿下の言葉を受けて、
「いや、非常によいご縁ですな。」
と、いいながら、うん、うん、頷いている。
ようやくトッドが口を開いた。
「誠に光栄です。謹んで・・・」
「嫌よ!!!」
レベッカ様が立ち上がりざまに叫んだ。
「絶対に嫌、こんなやり方!トッドのお嫁さんになんかになってあげない!」
どこかでブチ切れると思っていた。うん。上出来だ。
レベッカ様が、トッドを睨む。
「ずーと、ずーっと想ってきたのに。想いを返してくれないのなら、要らない!貴方なんか要らない!」
そう言うと、レベッカ様は部屋から走り出てしまった。
残されたトッドは、ポカーンとしている。まあ、あの説明だけではそうだろう。では、私が付け加えて差し上げよう。
「トッド様。」
今まで一言も発しなかった私の方を、トッドが向いた。
「長い間、心から慕って来た相手に、『ま、愛情はないけど、お互いのために便利だから、政略結婚しようね。』と言われて、一体誰が喜ぶんですか?」
貴方をそんな子に育てた覚えはない。
ダイアナが参戦する。
「諦めきれずに、何度も何度も生まれ変わって。必死に貴方を探し当てて。『今度こそ二人で幸せになるんだ』って時に、この仕打ち。情けないったらありゃしない!」
ダイアナが吐き出すように言うが、うーん、それはトッドには伝わるまい。案の定訝しげな顔をしている。
「ダイアナ、政略結婚なんてそんなものじゃないか。そんなにトッドを責めなくても。」
ネイトがダイアナの怒りを鎮めようとした。
「政略結婚を蹴って私と結婚した貴方がそれを言う?ネイト、黙ってて頂戴!」
ネイトが下を向いた。
「トッド様、貴方のやったことは、貴方を愛する人に、『仕方がないから、お前で我慢する』って言ったようなものですよ?それを喜べと言うのですか?」
言いながら、私もむかむかしてきた。
ダイアナが再びトッドを叱る。
「嫌いなら嫌いでいいわ。好きになれとは言わない。でも、なぜ、あんな風にレベッカ様を辱める必要があったの?」
トッドが慌てる。
「いや、そんなつもりは。」
「「貴方のやったことはそう言うことよ!!」」
ダイアナと私が合唱した。
私が引き継ぐ。
「レベッカ様が貴方のことを慕っていたのはわかっていたのでしょう?」
「・・・はい。」
「じゃあ、先ほどのことがどれだけレベッカ様を傷つけたか、想像はつくわね?」
ダイアナが低い声で付け加えた。
「人の痛みがわからないわけではないわよね?いくらなんでもそこまで朴念仁ではないわよね?」
「・・・はい。」
「謝ってきなさい。」
「・・・はい。」
ダイアナと私が二人掛かりで言う。
「「謝ってきなさい!」」
トッドが飛び上がって部屋を出ていった。
薄ら笑いを浮かべて、子爵が殿下に話しかけた。
「あの、殿下。どうやらレベッカ王女はウエスコット伯とのご婚姻をお望みではないようで・・・」
ダイアナの背後から黒いものが立ち上がった。
「だからと言って、あのボンクラのデイビス公の子息など、箸にも棒にもかからないわよ。王女との結婚を考えるより、孕ませたポペット男爵令嬢をどうにかする方が先じゃないの?社交界ではもうすっかり噂になっているわよ!」
「なっ!」
そう言うと、子爵が出ていった。秘書官がその後を追う。
ダイアナの勢いはとどまるところを知らない。
「ネイト!デイビスなんて、トッドの政略結婚に頼らなくても、私たちでいくらでも潰せるはずよ!時間の問題だわ。なんだってあの子に犠牲を強いたの?」
「いや、犠牲を強いるつもりなんて端からないよ。ただ、トッドがなかなか結婚に積極的にならないから、いい話かな・・・と。」
うひゃあ。火に油を注いでる。
「あの子がなぜ結婚に積極的にならないか、理解してるでしょう?父親のことがあるからよ!なんであの子の頑なな心をほぐすよう、時間を取ってやらないのよ!全く!」
ダイアナはナプキンをテーブルに叩きつけると、そのまま部屋を出ていった。その後ろをネイトが追いかける。
「・・・・」
「・・・・」
残されたのは、目を見開いて驚いている殿下と私。殿下が恐る恐る私の方を、顎を引きながら見つめる。
いや、私は飛び出しませんから。たとえ飛び出しても、殿下は追いかけてこなくていいですから。