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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
王の娘
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6

ええと、何が許されないのだろう?と思っていたら、どうやら、商売の話らしい。年配の方の視察団のメンバーが、ネイトを睨みつけるように言葉を重ねる。


「そのように一方的にウエスコット領だけでお話を進められましても!王家の在りようをなんだと心得ていらっしゃるのですか、としか申し上げられませんね。」


ネイトが片眉を上げて、視察団のメンバーを見る。


「ランストローム子爵、我々は王家をないがしろにしたことはありませんよ。常に陛下とご相談させていただき、我々の発展が、国庫を十分に潤うように貢献してきました。こちらで開発した技術で、貴方がたも恩恵を受けているはずですよ。なぜそのように興奮されているのか、いささか腑に落ちませんね。」


ああ、この人子爵なの。乳母に名乗るお名前はお持ちじゃないから、知らなかったわ。若い秘書官が、なだめようとするのを抑えて、子爵が反論する。


「いや、今までのことをとやかく申し上げているわけではありません。これからのことです!トロッコとトラックのシステムを諸外国との貿易輸送のために使ったら、ウエスコット卿の一人勝ちじゃないですか!貴方たちが、交通機関の全てを抑えることになります。そんな独占は許されるべきものではない。それともウエスコット王国でも始めて、独立するつもりですか?」


トッドが口をはさんだ。


「ウエスコットの当主として申し上げます。我々にはこの国からの独立など考えてもおりませんし夢にも思っておりません。このまま王都と協力しながら、この国の産業を発展させていくつもりでおります。


この国は、近年安定し、民衆も潤い、出産率も安定して人口も順調に増えています。立ち止まっていては、食料が足りなくなったり、物資が不足、高騰して、貧困層が増えます。技術があるのであれば、前に進まないと。


それともなんですか。その前に諸国に攻め入って領土を増やしたり、戦争で人口を減らしますか?」


子爵の口が硬く結ばれた。


ネイトも抗弁する。


「蒸気機関車は既に隣国で開発済みです。放っておいたら、我々だけが取り残されますよ?あちらの国で余剰なものはこちらで買い、こちらで多く生産できるものは、諸外国に売る。だがそのやりとりに時間をかけるのは、全くどの国にとっても利を産みません。農産物を腐らせる元ですし、下手な運輸方法を使っていては、輸送費の高騰で、物価も高くなる。だからこそ、今輸送手段の開発に力を入れなくてはならないのです。その設備投資を、王家と協力して行おうというのに、なぜ反対なさるのです?」


ああ、そうか。石炭を船まで運ぶシステムを、広く交易に使おうという話なのね。今、石炭は採掘されると、トロッコという乳母車の大きいものに乗せられ、線路を通って川岸まで運ばれる。採掘場から川岸までは、下り坂なので、ブレーキ調整だけで、あっけなく到着するのだ。帰りは空のトロッコをいくつかいっぺんに、併設されている線路を使って、馬が引いて戻る。


トッドもダイアナの子供たちも、子供の頃、大人に黙って密かにこのトロッコですごいスピードで山肌を滑り降りたことがある。さんざ叱ったが、炭坑長は、


「いや、まあ、どの子供も絶対この遊びをするんですよね。一応気をつけてはいるんですが。」


と、諦めモードだった。


私は罰として、トッドに、帰りのトロッコを引っ張って戻ることを命じた。


「貴重なトロッコの一回分の下りを無駄にしたんですからね。責任はとりなさい。」


トッドは泣きべそをかきながら、薄暗くなるまでトロッコを引っ張っていた。(ちなみにネイトとダイアナの3人の子供たちにも同じ刑を課した)あの引っ張りを蒸気機関車というものでやるらしい。


線路を諸外国と結んで、蒸気機関車で引っ張ったトロッコの中にたくさんの貨物を積み、交易をするのか。ダイアナとネイトは、本当に世界征服に向かってるわ。


ランストローム子爵からの抗議は止まない。


「ですから、諸外国からの輸入で脅かされる国内の産業の保証もなく、闇雲に運輸機関を作るべきではありません。ウエスコット卿は、石炭が売れればいいのでしょうけれど!王家にはそのほかの貴族のことも考えていただかなくては!」


ネルソン王太子が反論する前に、ダイアナがクスクス笑い始めた。


「まあ、ランストローム様、漸く本音をお聞かせいただけましたわね。御姻戚関係にある・・・そうね、デービス公爵あたりからご指導でもあったのかしら。公爵領の織物産業を守れとでも?」


ダイアナの指摘に、子爵の顔が赤らんだ。否定も肯定もしない。ネイトが引き継いだ。


「まあ、諸外国の安価な織物が入ってくるようになれば、公爵領には少々痛手でしょうね。」


「それをわかっていらっしゃるのであれば、なぜこのような無体を!」


子爵の顔が完全に真っ赤になっている。ダイアナがネイトから引き取って答える。


「公爵があの領地を引き継いでから、なんの努力もせず、収益だけを使っていたからですわ。生産者のために設備投資をして協力もしないので、生産量は頭打ち。商品への工夫もなく、同じものを何十年と同じ値段で売っていれば、自然、競争相手に淘汰されるのではないかしら。海外からの競争がなくとも結果は同じことですわ。」


子爵の視線が鋭くなる。


「よくご存知でいらっしゃる。」


ダイアナが再びにっこりした。


「あの地は元々父が治めておりましたもの。私も幼い頃、何度も足を運びましたのよ。懐かしいわ。」


っ痛う。ダイアナの婚約破棄の時にいつの間にか取り上げられた土地か。となると、デービス公爵は、当時の婚約者と婚約者の奪還者というところだわね。


フォークナー夫妻と子爵の間で、凍りつくような視線が交わされている。


ネルソン王太子が、両手を、『まあ、まあ』と言わんばかりに動かした。


「いや、蒸気機関車が導入できるまでまだ時間もあるし、線路の設置に関しても、まだまだ諸外国と交渉しなければならないからね。国内の産業は、その間にそれぞれ創意工夫を施すこともできるんじゃないかな。」


20数年何もできなかったことを、次の数年でやれと?平民の私でも殿下の『まあ、まあ』が、お為ごかしなのはわかるぞ。


ネイトとダイアナが、何のためにウエスコット領に戻ってきたか、漸く私も理解できた。まさか、レベッカ様の淑女教育のために、わざわざ?とは思っていたが。


で、当のレベッカ様は、と見ると、トッドの隣で、誰からも注意を払われず、ご機嫌斜めなのが見て取れた。おいおい、つまんないだろうけど、ステーキの肉をそんなに細かく切って遊ぶんじゃありません!



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