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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
王の娘
83/92

5

のっけからネルソン殿下が飛ばしている。


「いやはや、誠に素晴らしい技術ですね、あの蒸気船という乗り物は。あの小さな船が、5つものバージを引っ張って川を遡っているのは、壮観な眺めでしたよ。しかも隣国への旅程が半分の日にちで済むとは。あれは海にも運用できるのですか?」


ネイトがワイングラスを弄びながら、返事をしている。


「いや、外輪スクリューはまだ、波のない穏やかな水面向きですね。しばらくは川でのみの使用になります。海はまだ、帆船の方が使い勝手が良いでしょう。」


うん、うん頷きながら、殿下が続ける。


「そうですか。それにしても一度に運べる石炭の量を考えると、石炭の輸出が順調に伸びることは確実ですね。陛下も殊の外、ウエスコットの発展を賞賛しております。『一時はどうなることかと思ったが、有能な後継を得て、ウエスコットも安泰であるな。』とおっしゃってましたよ。な?」


殿下がそう促した先には、秘書官の方ともう一人、王家からの視察団の方が晩餐会のテーブルに着席している。大テーブルを囲み、上座に殿下、その殿下と話やすいようにと、ネイトとダイアナが右側に座り、トッドとレベッカ様が左側に座っている。私と秘書官、視察団の方も、殿下から一番遠い席ではあるが、同じテーブルに付いている。王室の方々をもてなす席になぜ私も、と、抗議はしたのだが、ダイアナに、


「視察団の人たちの相手を適当にしながら、レベッカ様を見張って。」


と、頼まれたのだ。トッドが私のことを、トッドとフォークナー夫妻の子供たちを育てた乳母で、親代わり、現在は家政婦をしていると紹介してくれた。しかし、それでなくとも口数の少ない視察団の方々とは、まったく話が弾まなかった。むしろ、なぜ乳母がここにいるのか、という態度だ。年配の男性は、名乗りもしないし、眉間にシワがよったままだ。


レベッカ様といえば、伏し目がちに皆の話に聞き入っているだけ。


「レベッカ、今夜はとてもおとなしいね。」


まずは殿下が、レベッカ様の変化に気がついたようだ。


「皆様のお話がとても興味深くって、思わず聞き入ってしまいましたのよ。」


レベッカ様がはにかみながら言っているが、私の目はダイアナの口元に釘付けになっていた。


おーい、今レベッカ様と全く同じ口の動きをしたぞ。ダイアナったら・・・セリフまで指示してあったのかい。


レベッカ様を見る殿下の目が驚きのあまり2倍になってるわ。


レベッカ様がここぞとばかりに会話に参加した。


「川を登る船ってとても面白そうですけれど、石炭だけなのですか?人も乗れますの?いつか乗ってみたいですわ。トッド様はお乗りになった事はございますの?」


ちょっと質問の嵐だ。深呼吸!落ち着いて!


「はい。何度か王都へ行く船に試乗しております。 船から見る川岸の景色は素晴らしいですね。ですが、あちこち石炭で汚れていますので、ご婦人方には不向きかと。」


トッドが落ち着いた口調で返事をしている。


私は初めてトッドとレベッカ様が並んでいるところを拝見させていただいた。というより、10代の女の子とトッドがこんなに近くに並んで座っているところを見かけたのは、初めてかもしれない。


トッドはその中身()はまったく別としても、外見は割とランス・ウエスコットによく似ている。背が高く、どちらかというと細身の筋肉質の体だ。髪の毛はサンディブラウン、瞳も落ち着いたダークブラウンだ。子供の頃はよく笑い、良く泣く(私は幼い頃のトッドを泣き虫君と呼んでいた)どこにでもいるような活発な男の子だったのだが、容姿が前辺境伯と似ていると言われる頃になると、感情を面にださなくなり、口数も少なくなった。


「父そっくりの顔の男が幼い子供のそばにいるなんて、親にとっては脅威でしかないだろう。」


と、酒を飲んで、ラ・ロッシでお姉さんがたにこぼしたことがあるそうだ。大人のお付き合いを止めるつもりはないが、あとでこってり、貴方の親はウエスコットだけじゃない、自分の命を顧みず、それでも貴方を産んだ、ネルという母親の存在を忘れるなと言い聞かせた。


社交界に顔を出すと、ウエスコットの成功を妬んでか、さんざ前辺境伯の性癖を揶揄られたらしい。それも父親の不徳の致すところと諦めて耐えていたが、強力になったウエスコット家と婚姻関係を結びたいという家から、幼い娘を紹介、いや、差し出された時には、さすがに怒り狂っていた。


ランス・ウエスコットが寝起きしていた(閉じこもってアヘンを使っていた)部屋は、その時、トッドによって徹底的に破壊されたので、ついでだと言って、ネイトが棟ごと建て替えた。


まだようやく成人したばかりのトッドにとっては耐え難い経験だったし、ダイアナやその子供たちがひっきりなしに連れ出してくれなければ、2度と領地から出ることもなかったろう。


私も頑張ったつもりだが、それでもトッドのどこかしら孤独でストイックな生活を変えさせることは出来なかった。これが私が今までこの地を離れることが出来なかった大きな理由の一つだ。手塩にかけたこの子が幸せになれない理由があってたまるものか。


レベッカ様、頑張れ!


巨大な猫を被っているレベッカ様に、心の中でエールを送る。


ぼんやりしていたせいで、晩餐会の話題がどこにあるのか、会話を聞き逃してしまっていた。


視察団の人が声を荒げたので、我に返った。


「それは許されませんな!」


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