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「ひょっとして、トッドが私に振り向かないのが、今回の精霊王の横槍なのかしら?」
ため息混じりにレベッカ様が、ダイアナと私に不満を告げた。
ダイアナが呆れたように、
「んなわけないでしょう。精霊王ってそんなセコいの?」
と、聞く。まあ、不老不死の呪いをかけることのできる王が、そんなまどろっこしいやり方で、娘を罰するとは思えない。
だが私は、ダイアナに、
「どこで話を聞かれてるかわからないから、彼の方の名前は出さない!」
と、小声で注意した。
レベッカ様には、ダイアナに全て話をした上で協力してもらっていることは既に説明してある。本音で話せる相手が増えたので、レベッカ様は喜んでいるようだ。その上で、今日までそれなりに、イメージチェンジのために頑張ってきた。13歳であることはどうしようもないが、少なくとも、クリーム色のエンパイアスタイルのドレスは、ハーフアップの髪型とも相俟って、おしとやかな女性らしさを強調している。
視察から戻ってきたトッドとネルソン王太子を、レベッカ様はたおやかな微笑みを浮かべながらお迎えしたのだが、反応は・・・イマイチだった。
トッドは、心ここにあらずという態度で、
「お出迎えありがとうございます。いかがお過ごしでしたか?」
と、レベッカ様に問いかけたのはよいが、ろくすっぽ返事も待たずに、ダイアナに話しかけていた。
「姉上、兄上が到着されるのは何時ですか?色々ご相談があるのですが!」
ダイアナがさりげなくレベッカ様のドレスを後ろから引っ張らなければ、あのとんがった口からどんな言葉が飛び出していたかわからなかったところだ。
その上、視察団は、休憩もそこそこに、ボイラーを作る工場に出かけてしまった。
これでは、レベッカ様が、トッドの注意を引けるならもうなんでも良い、と言う切羽詰まった気持ちになるのも頷ける。
ダイアナはダイアナで、トッドの、『ビジネスの話は兄上と』という気持ちが見え隠れするところが、大いに気に食わないらしい。立ち去るトッドと殿下を、鋭く見つめていた。
+ + +
ウエスコットに繁栄をもたらしたのは、ダイアナとネイトの共同作業だ。ボイラーの技術と商売を持ち込んだのは、ネイトだが、それを社交界で広げたのはダイアナだ。女性陣から、娼婦のそしりを受けながらも、
「あら、ただの娼婦じゃありませんわ。高級娼婦と呼んでいただかなくては。そういえば、ご主人の伯爵(だの公爵だの)には随分可愛がっていただきましたのよ。」
とかなんとか言いながら、 修羅場を乗り切ったらしい。実際男性陣には好評で、ボイラーの売り込み営業には成功したという。ダイアナは一度も娼婦だったことを隠さず、そのうち、女性陣にも、いかに男性を転がすかというテクニックを教授するというやり方で、時間はかかったが、徐々に女性も味方に取り込んだのだ。
ボイラーが売れたことで、ウエスコットの石炭が売れた。それまで強制労働の場でしかなかった炭鉱も、生産性を上げなければ、追いつかないということで、労働者の賃金が上がったことにより、人口も爆発的に増え、労働者の質も上がった。今では炭鉱町としてウエスコット領第2の街、ロマーニとして栄えている。
街の名前は、ラヴィニアが、炭鉱での強制労働の末、亡くなったロマの人たちに因んだものを、と主張したことから始まっている。おまけにロマーニの労働人口が増えると、ラヴィニアとパトリシアは、早速ロマーニにラ・ロッシの支店を作った。この店は、本店とは別の意味で、随分成功している。
一回見学させてもらって、度肝を抜かれた。庶民のエンターテイメントってことで、踊りが中心だと聞いてはいたけれど、踊っているうちに、女の子が裸同然になるとは知らなかった。踊っている最中に、着ているものが観客の手によって剥ぎ取られたり、胸の間で客からお金を受け取ったり、大騒ぎだった。肉体労働者の炭鉱労働者の男たちには、結構な娯楽で、毎日繁盛している。
「あのドレスは私の発案よ!」
と、ダイアナが主張したので、思わず目眩がした。とりあえずパトリシアが凄腕で、私は置屋の婆には向いていなかったことを実感しただけだった。
パトリシアは、ウエスコットからのラ・ロッシへの設備投資のお礼として、ウエスコットのための情報工作や、情報拡散にずいぶん協力してくれたが、見返りもきっちり取って、今では娼館の女主人というよりは、歓楽街の一流マダムだ。
彼らの尽力で、今やウエスコットは押しも押されもしない、この国の産業の要であり、社交界においても、その影響力は計り知れないそうだ。それは、数年前、ダイアナが、自分を追い出した親戚を引退させ、ネイトとダイアナの間に生まれた次男を当主の座に付けたことを見ても明らかだった。
そして今、ウエスコットの石炭業は、周辺諸国にその翼を広げつつある。
「元々石炭の問題点は、重くて運搬が難しいことなんだ。けれど、それをこの蒸気船とバージが解決してくれた。」
ネイトが得意そうに報告してくれた。石炭は、川を利用して運搬していたのだが、石炭を運ぶ船は、人力だった。それゆえ川下の王都ならまだしも、流れに逆らって石炭を船で運ぶのは人と時間とお金がかかった。
「それが、蒸気で回す外輪式のプロペラで進む船で一気に解決するんだ。なに、バージを引っ張るだけなら、そんなに出力はいらない。小さな蒸気船を3隻作れば、石炭の輸出量は一気に5倍にはなるね。いや、8倍か。世界征服の第一歩だよ。」
ネイトがそう言いながら、ダイアナに笑いかけた。ダイアナも随分誇らしげだった。
本気でやるつもりだったのか、世界征服。あんた達魔王か。
今回の視察団も、蒸気船周りを随分熱心に見学したらしい。
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「明日にはネイトも到着するから、その時に晩餐会を開いて、話をつけましょう。任せて。トッドがどういうつもりなのか、しっかり確かめるわ。レベッカ様は控え目に振る舞いつつ、ちゃんと見極めてくれれば良いの。」
そうダイアナが宣言した。