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「なんなの、この普通さは。」
ダイアナが呟いた。いや確かに。ここまで素晴らしい容姿だと、なんだかもっとすごい、すごい、○○を期待してしまう。○○が何なのか自分でも説明はつかないのだが・・・性格?違うか。
ラ・ロッシの裏庭で、泥団子を作っているリディアを眺めながら、私とダイアナ、そしてフォークナー子爵の考えは一致したようだ。
フォークナー子爵は、
「やっぱりあの容姿だと、何かこう・・・途轍もないものを期待するよね。」
と、言う。同意はする。まあ、だが8歳の女の子だ。8歳らしく振舞って何が悪い。
子爵は、リディアの初夜権売りパーティーに参加したので、リディアの行方が気になっていたらしい。わざわざ様子を尋ねてきていた。
リディアの母親を始めとするボルディガの女の子たちは、その約半数が、うちに引き取られた。無論パトリシアのお眼鏡に叶った子達だけだが。その他の子は、救護院に残ったり、他の店に流れていったという。
パトリシアが警察関係者から聞き出したところ、アントンは、しばらく強制収容所から出てこれないらしい。普段から官憲に鼻薬をしっかり嗅がせておけばよいものを、その辺の経費をケチっていたそうだ。加えて今回のオークション対象は幼児だったことが、警察関係者の逆鱗に触れたらしい。
あまり心は痛まない。
「ところで、ウエスコット卿だけど、近々王都を引き上げて、領地に戻るらしいよ。ボルディガの手入れの時に検挙されたからね。権力者だってことで、尋問もろくすっぽされずに釈放されたけど、幼児の初夜権を落札したって噂が立って、社交界ではもう誰も相手にしなくなったんだそうだ。」
フォークナー子爵が報告してくれる。まあ、そうなったのも、子爵がウエスコットに体当たりを食らわしたせいなんだけど。
ダイアナが、クスクス笑いながら、子爵を安心させる。
「大丈夫よ。リディアの居所は、先日ウエスコットにバレたの。救護院まで押しかけていって、リディアの居場所を発見したらしいわ。王都を出て行く前に、確実にここに来るわ。」
子爵がダイアナに尋ねる。
「で、ウエスコット卿が押しかけてきたら、どうするの?」
「アイツをコントロールして、私が領地を治めるわ。まずはウエスコットと私が婚姻する。あの評判じゃあ、元伯爵令嬢の娼婦ぐらいしか嫁の来てはないでしょうし。その後、時期を見てトッドを後継者に・・・」
「駄目だ。それは許さないよ。」
フォークナー子爵がダイアナを遮る。
「あのねぇ、ネイト・・・」
「アイツと結婚するのなら、私からの協力は今後一切ないものと思ってくれ。ボイラーの開発者とのつなぎも即刻切るよ。」
ダイアナが慌てている。
「ネイト、そんな。石炭業を発展させるためにも蒸気ボイラーの開発販売は欠かせないわ。貴方も私たちの復讐に賛同してくれているものと思ってたのに。」
子爵はダイアナに強い視線を送っている。
「もちろんさ。ウエスコットは許せないし、君が、彼の領土を奪って統治しても、なんの良心も痛まないね。だけど、結婚は別だ。復讐のための結婚はやめてくれ。」
「どうして?お客と一晩寝て稼ぐのも、ウエスコットと名ばかりの結婚をしてり領地を手に入れるのも、私にとっては大きな違いはないわ。その先にあるのは、私を追い落とし、追い詰めた人たちへの復讐よ?」
子爵は、少し視線を和らげた。
「違うね。君のゴールは復讐じゃない。ゴールはその先にある。全ての人たちを、君自信の力で叩きのめした後、幸せな、愛情あふれる結婚生活を送る。Happily Ever After めでたし、めでたしさ。復讐で終わっちゃだめだ。」
「・・・復讐は大事なの。」
ダイアナは子爵を見ない。ひたすらリディアと泥団子を見ている。
「わかってる。それも君が自分の力で復讐をやりとげなければならなかったこともね。そうしなきゃ納得できなかったんだろう?
君の父親が権力争いに敗れて、なんの落ち度もない君の婚約が、策略によって破棄された。それに対する君の怒りは理解できた。どさくさに紛れて、君の元婚約者が、多額の賠償金を君の家から奪っていき、その心痛で君の父親が亡くなったからね。おまけにそれまで付き合いのなかった遠い親戚が乗り込んで来て、君を一文無しで追い出した。
今だって君は、着々と彼らを追い詰める情報を抑えているのだろう。」
おいおい、そんなことしてたのかい。
「そうよ。ウエスコットの権力が手に入れば、一気に彼らを叩きのめすことができるわ。」
「そうなることを疑ってはいないよ。彼らが君の前に跪いて、それを見ながら君が高笑いしてるのが目に見えるようだよ。でもその後どうするんだい?君の人生はそこで終わりじゃないんだよ。」
ようやくダイアナが子爵を見上げた。
「ネイト、そうなったら、私を貰ってちょうだい。奥さんにしろとは言わないから、高級娼婦として、貴方の腕にぶら下がるわ。その時には、貴方に、領地と権力と高位の爵位、いろいろ持っていくわ。」
子爵は眉を顰めた。
「嫌だね。私はウエスコット未亡人には興味ないよ。君と結婚して幸せにするのは私だ。ウエスコットじゃない。
あの時の君の怒りがわかったからこそ、私の求婚を退けた時にも引き下がったんだ。自分でなんとかしたい、全て自分の力で、あの奢り高ぶった奴らに制裁したかったんだろうとね・・・でも、今度は引き下がらないよ。」
ダイアナの瞳が揺れている。
「ネイト、貴方に負け犬の私を与えるわけにはいかなかったの。貴方だって、まだこれからと言う時期だったんですもの。私が嫁になっていったら、アイツの子分同様の貴方のお父様に勘当されかねなかったわよ。二人で家を追い出されて、お互いの傷を舐め合いながら生きるの?そんなの御免だわ。」
子爵が手を伸ばして、ダイアナの手を取った。
「ああ、わかってるさ。当時の私はなんの力もなかった。でも今は違う。君を迎え入れるために、ずっと頑張ってきた。この国の将来を担うエネルギーを商うチャンスだ。
この計画は私たち二人が勝者としてアイツらの前に立つためにあると信じてるんだ。いいかい?二人でだ。君は僕の妻として、アイツらの前に立つんだよ。」
ゆけ!子爵!頑張れ!もうひと押し!
「この計画を信じているんだろう?成功したら君は完全なる勝者だ。負け犬なんかじゃない。まずはウエスコットの養女になりなさい。その上で私のところに嫁いでくればいい。」
ダイアナが、子爵の腕の中に崩折れた。肩が震えているところを見ると、泣いているのだろう。
「第一ねえ、君が後ろ盾のないまま、妻ってだけで領地を納めるより、ウエスコットの養女になったほうがうまくいくよ。私が君の夫となり、二人掛かりでウエスコット領を牛耳ってやるさ。」
ダイアナが子爵の胸の中で、くぐもった声を出した。
「目標が小さすぎるわ。私たちは世界を股にかけて活躍するのよ。世界制覇よ。辺境伯の領地なんてトッドにくれてやるわ。権力争いで干からびてくこの国の貴族が、嫉妬のあまり気を失うぐらいの成功を私たちは手に入れるのよ。」
子爵が微笑む。
「ああ、二人で世界制覇だ。」
邪魔だな。うん。私は、そろそろと後ずさりで建物に戻った。建物に入った瞬間パトリシアに捕まった。
「気が利かないわねぇ。もっと早くに撤退して、二人っきりにさせてやれば良いものを。」
聞き耳を立てていたであろうパトリシアに怒られた。すみません。話の行方が気になったんです。
では、あとは仕上げを御覧じろだな。