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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
娼館の乙女達
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18

助手さんが私に指示を出す。


「じゃあ、そのアヘンチンキの瓶は棚に戻しといてください。こっちのアヘンのほうが、貴方たちの目的にあっているわ。」


そういうと、別の棚から、小さなタバコ入れのようなものを出してきた。開けて見せてくれる。タバコ入れの中に、チャコールグレーのざらっとした粉が入っていた。


ラヴィニアと私が不思議そうな顔をしているのを見て、助手さんが説明を加える。


「キセルは手に入りますか?このアヘンの粉末を、キセルで熱して、煙にして吸い込ませるの。その方が、アヘンチンキを口から飲むより、はるかに常習性もあるし、精神を破壊させやすいのよ。1回でボロボロになるはず。幻覚に苦しんで、アヘン以外のことは何も考えられなくなるわ。」


「あー、ありがとう?」


疑問形になってしまった。


ラヴィニアが、助手さんからもらったタバコ入れを袋にしまいながら、


「なぜ手助けしていただけるのかしら?」


と、助手さんに聞いた。私の頭も疑問符で一杯だ。


「先生と一緒にお仕事していると、まだ、発育も十分じゃない幼い子供を妊娠させる例にたくさん出会うからですよ。今夜のお嬢さんは幸いにも産道での出産になったので、私はいち早く帰ってきたんですけど。


子供を容赦なく妊娠させる男など、死んでも構いませんね。むしろ私が自ら手を下しても、気にはならないでしょう。」


ウエスコットを殺したいのであれば、列に並んでくださいまし。


「でも何よりも、お金ですね。先生は妊婦を生かしての帝王切開手術の研究を進めているのですが、まだまだなんです。資金が足りなくて。こんな研究にお金を出そうという篤志家はいないし。患者からもらえるお金は限られてるんですよ。先生、なかなか貧しい家庭から取り立てないから。帝王切開の成功率を上げるためには、これから沢山お金がかかります。なので、そこのところ、よろしくお願いしますね。」


出費がかさむなあ。大丈夫かしら。


「貴方のお仕事に協力するので、先生の研究の資金援助をしますって、一筆書いてくださいね。」


と、助手さんが重ねて言った。


ラヴィニアの目が細くなった。


「文書で残せと?脅迫かしら。気に入らないわね。貴方がどんな人かもわからない、信用できない、これからどんどんお金をゆすらないとも限らないってことよね。」


確かにこの取引はあとで命取りになる可能性がある。お金が足りないからといって、官憲に情報を持って飛び込まれたら、目も当てられない。


「信用ねぇ。」


そう言うと、助手さんはいきなりスカートをたくし上げた。私とラヴィニアが言葉をなくしていると、スカートの下に履いていたズロースを下げる。


助手さんのお腹には、縦一文字の傷があった。


「私が、先生の成功例第1号なの。先生の研究に命を懸けてきたわ。・・・これでいい?」


私はコクコクと頷いた。


ラヴィニアが、


「いつ頃のこと?貴方も子供の時に?」


と、聞いている。助手さんは、スカートを戻しながら返事をする。


「10年ほど前です。私は完全な子供じゃなかったけど、貧乏子沢山の家に生まれて、父親が早く死んだので、食べるものもろくすっぽなくって、身体が小さかったんです。そのせいか、子供はお腹の中で死んじゃってて、陣痛も起きないし、帝王切開しかなかったんです。」


「相手は?」


ラヴィニアが重ねて聞く。


「小父さん。身内なんですかねえ。母親がよく連れてきていたし、生活を助けてくれてたから。」


話す方も聞く方も、もう鬼畜話には慣れっこだ。


「こんな話は嫌になる程たくさんあります。先生に頑張ってもらわなきゃ、私たちは救われません。先生の治療がうまく行けば、助かる命がたくさんありますから。」


助手さんの瞳が輝く。どうやら、助手さん、先生に特別な思いがあるらしい。命の恩人というだけではなさそうだ。


ラヴィニアが、ちょっとにっこりした。


「惚れてるんだ。ただの命の恩人ってだけじゃないのね。」


まあ、あの過酷で、誰にもありがたがられない手術を一緒にやろうという人だ。医師に対する想いは、感謝だけではないのだろう。


助手さんは、ふんと鼻を鳴らす。


「私なんぞが惚れていい相手じゃありません。私はもう女じゃありませんからね。今度妊娠したら、子宮の傷が破裂して、死ぬと言われてますから。帝王切開なんてそんなもんです。それだって、研究次第ではどうにかなると先生はおっしゃってますから。


ま、とにかく、アヘンがなくなったことを咎められないように、色々細工しなきゃならないので、さっさと書類書いて、出てってくださいな。先生、いつお戻りになるかわかりませんよ。」


そう言われて、私は急いで書類をしたためた。ラヴィニアは、助手さんを手伝って、泥棒に入られたように見せかけるため、あちこち家具を動かしている。


書類を渡すと、ラヴィニアと私は、助手さんを残して、オフィスを去ろうとした。


出て行く途中で、ラヴィニアが助手さんを振り返った。


「男を喜ばせるやり方なんて、一つじゃないわよ。いろんな方法がある。妊娠しないやり方だってね。近いうちに、うちにいらっしゃい。教えてあげるわ。」


どうやらしっかり信頼関係は築けたようだ。


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