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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
娼館の乙女達
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17

「連絡が来たわよ。今夜は二人とも出産にかかりっきりになるらしいわ。」


ラヴィニアが私の部屋に顔を出して、報告してくれた。


「そう。じゃあ、今夜行ってくるわ。」


私がそう答えると、ラヴィニアが、


「2時間ほど待ってくれる?私も一緒に行くから。今日の客は泊まらないし、接待だから、それぐらいで私の体も空くと思うわ。時間の余裕はあると思うのよ。ロバータはかなり町の外れまで行ってるし、出産ならすぐには戻ってこないでしょう?」


そう言われて、私はラヴィニアを待つことにした。なにせ泥棒には慣れていないので、一人じゃちょっと心細かったのだ。


+ + +


私もラヴィニアも、黒っぽいドレスで、その家の前に立った。タウンハウスの一階が、オフィス兼、自宅となっている。ロバータによると、ほとんどの患者が、自分の所への往診を希望するので、オフィスに来る人はほとんどいないらしい。そのせいか、レンガの壁には、医師としての看板さえない。


そう、ここは、トッドを取り上げてくれた、医者の家なのだ。ロバータには、ラヴィニアから、理由は聞かず、医者と一緒に困難な出産に出る際、連絡をくれ、と、言っておいた。だから私たちは、今、ここにいる。ロマの繋がりの強固なことよ。


深夜も過ぎ、人っ気はないけれど、辺りに注意を払いながら戸口に近づいた。女二人が産婦人科医を密かに訪れるのだ、まあ、大丈夫だろう。そう思いながら、ドアのノブに手をかけたが、流石に鍵がかかっていた。


ラヴィニアが、


「ちょっとどいて。」


と、言いながら、自分の頭から、ピンを2本取り出した。そのピンを2本とも鍵穴に突っ込むと、かちゃかちゃピンを回している。


「昔取った杵柄よ。」


言い終わらないうちに、カチッと言って、鍵が開いた。


いや、連れてきてよかった。


「カーテンを閉めて。ランプをつけないと、どこにあるか探せないから。」


ラヴィニアの手慣れた指示に従って、窓のカーテンを閉める。それを確認して、ラヴィニアが手提げ袋から出したマッチを擦り、同じく袋から取り出したロウソクに火をつけ、大きなスプーンのような燭台に乗せた。


頼りになるなぁ、ロマの技術は。


その明かりを頼りに、薬棚を探す。むかーし、昔、薬師に習ったことを思い出しつつ。あ、あった。


「アヘンチンキよ。」


私は小瓶をラヴィニアに見せた。


「以前、この薬には常習性があるって言われたことがあったの。この薬であの男を腑抜けにすれば・・・」


「ここで何をしているのかしら!」


二人でバッと、後ろを振り向くと、戸口の所に、助手さんが立っていた。


あばばばば。


ラヴィニアの方が素早く立ち直った。


「ごめんなさいね。先生に内緒で見ていただこうと思ってお伺いしたんだけど、いらっしゃらないし、外だと人目があるから、中に入ってお待ちしてたのよ。」


助手さんに鼻で笑われた。


「ハ!じゃあ、質問をこう変えようかしら。そのアヘンチンキで、誰を腑抜けにしようとしているの?」


・・・随分前から様子を伺ってたのね。


さすがのラヴィニアにも答えが思いつかなかったらしい、私はもっと思いつかない。


助手さんが、部屋の中に入ってきて、私の方を目を細くしてみている。


「貴方、ラ・ロッシの女将ね。赤ん坊を取り上げた時いたわよね。」


こうなったら、ぶっちゃけよう。


「アヘンを使いたいのは、あの赤ん坊の父親よ。」


私は震える声で言った。何卒この人が理解してくれますように。そして、ラヴィニアが手提げ袋の中から物騒なものを取り出しませんように。


助手さんの表情はよく見えない。が、彼女は一言、


「あの赤ん坊の父親、わかってるんだ・・・」


と、呟いた。


名誉のためにもう一度言わせていただく。


「ネルはうちで働いたことはありません。あの子は幼い時に、親に、そういった子供にしか興味のない男に売られて、そこで辛い生活を送っていたんです。妊娠して私を頼って逃げてきたので、匿っていただけです。ラ・ロッシに、子供はいません!」


助手さんがため息をついた。


「ああ、ロバータもそんなこと言ってたっけ。じゃあ、赤ん坊の父親って、その・・・子供にしか興味ない男ってこと?」


ここが押し時と見た。ラヴィニアと私の声が一緒になった。


「「そうです!」」


助手さんは、私たちの返事を聞いて、しばらく考えこんでいたが、おもむろに机に向かうと、その上にあるランプを灯した。


部屋の中が明るくなり、ようやく違いの顔が見えるようになった。


前回会った時は、あまりよく注意を払っていなかったが、30になったかならないかだろう。小柄だが、知性に溢れる目をしている。あの時も指示を待つことなく、テキパキと動いていたっけ。


「それで、その男に復讐するの?娼家の女将が?」


納得いかない様子だ。まあ、そうでしょう。


「うちの身内の女の子が数人やられてるんですよ。でも、結構権力と金のある貴族なので、誰も手をだせない。おまけに次の獲物に目をつけてるんです。これ以上犠牲者を増やさないためにも、私たちが止めようかと思いましてね。」


助手さんが苦笑いしてる。


「娼婦の正義感って訳ですか。ごめんなさい。バカにするつもりはないんですけど、そんなのちょっと信じられませんね。10歳だろうと20歳だろうと、身体を売るのに違いがありますか?」


そう言われると黙るしかない。私のやっていることが、20歳なら許されるという訳ではないのは十分承知だ。


「どこかで線引きしなきゃならないでしょう。私の線引きは、出産もできないような身体の小さな子供に、妊娠させるような危険なことをさせない、ってことなんです。お笑い種かもしれませんけど、そこは譲れないんです。子供の妊娠は、殺人です。貴方もたくさん見てきてらっしゃるでしょう?ましてや、あの男のように嗜虐的行為を繰り返すのは、確信犯の連続殺人ですよ。」


私が、そう言うと、助手さんは、私の方を真剣に見つめた。


「じゃあなんで、アヘンなんですか?あっさり殺さずじわじわやるため?それだって残酷なことですけど。」


ラヴィニアが口を開く。


「ただ殺すだけじゃなく、あの時生まれた赤ん坊に父親の後を継がせるためです。あいつの子供であることは間違いないんだし。」


助手さんが、ああ、という顔をする。


「そうか、お金か。お金のためなんですね。」


うわあ。私たちもすっかり鬼畜の仲間入りだ。


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