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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
娼館の乙女達
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15 ナサニエル・フォークナー子爵 (1)

ダイアナのたっての願いで、私はこの胸糞悪いパーティーに参加した。参加料はラ・ロッシの方ですでに支払済で、参加を認められた人にのみ渡されるマスクを数日前にダイアナから受け取っていた。だが、気が乗らない。


ボルディガの店内に入る前、まだあたりが暗いうちにマスクをつける。口元だけ隠れていないが、それ以外は、全て覆われるタイプのマスクだ。様子が伺えるように、穴が空けられている目は、まるで笑っているように上弦を描いている。こんなところに出入りしているとは、断じて思われたくないので、私は、暗がりの中、マスクの紐を、頭の後ろでしっかり結んで、明るい店内に入った。


客は全員同じマスクだ。そう広くもない部屋に、それでも30人は下らない客が集まっていた。


こいつらみんな10にもならない女の子目当てかよ!と思うと、口の中になんとも苦いものが溜まってきた。


急いで酒の入ったグラスをお盆に乗せてまわっている女の子の胸元に金を滑り込ませ、赤ワインの入ったグラスを掴んだ。従業員の子たちは、男も女も(ほとんど女だが)マスクをしていないので、すぐわかるようになっている。


ああ、けったくそ悪い。酒もコクもなければ、渋みもない。おそらく安ワインだろう。だが、口を濯ぐには十分だ。


ダイアナが、下町言葉も可愛く、


「ネイト、ガサ入れがあるんだから、逃げ出すのに困るほど飲んじゃだめよ。」


と、前もって注意してくれていなければ、もう一杯いっていたかもしれない。


客同士も、素性を知られたくないせいか、お互いに話しかけたりしない。女の子たちが、頑張って話題を振って、会話を始めようとしているが、そもそも大人の女と会話を楽しむような奴らは来ていないのだろう。話し声はめったに起きず、音楽以外の音はあまり聞こえない。


私が様子を探りに行くと知ったパトリシアが、


「他の人たちと違った行動をして、注意を引かないように。」


と言ってくれたので、私も黙りこくって、手の中にあるグラスで遊んでいる。


客の様子がわからないように、全体に薄暗い部屋だが、前面に、舞台のようにすこし高くなった場所があり、そこにだけ、明かりが集中して当たっていた。


いい加減うんざりしてきた所で、舞台にずんぐりした、安っぽいフロックコートの男が立った。ご丁寧にも山高帽まで被っている。帽子を徐にとると、薄い頭を必死で撫で9・1分けしているのが見て取れた。こいつが支配人のアントンだな。


「紳士、淑女の皆様ぁ、今宵はようこそおいでくださいましたぁ。」


よく通る声で叫んでいる。どこに紳士がいるのか、聞かせてもらいたいものだ。


「ボルディガは、皆様あってこその店でございますぅ。皆様のご愛顧にお答えすべく、この度は特別オークションにご招待させていただきましたぁ。ご参加いただき、まことにありがとうございまぁすぅ。」


音楽が消え、どこからかドラムの音が鳴り響いた。


「長らくお待たせいたしましたぁ!当店自慢の天使、いや、妖精をごしょうかいいたしますぅ。雲の上を歩き、霞をまとい、花の蜜を吸い・・・」


仙人かよ!と心の中で突っ込んだ。


ジャーン!ジャーン!


シンバルの音で、ドラムの音も止んだ。黒い影になっていた所から、二人の男の肩に支えられて、大きな銀色のトレーが登場した。


トレーの上には、肩まで流れる銀髪と、透き通るような白い肌の女の子が座っていた。舞台の中心に押し出され、強烈な光を浴びているせいか、本当に透き通って見える。


頭には花かんむり。身にまとう衣装は、何重にも重ねられた、白の薄衣だ。華奢な肩の所に、ご丁寧にも妖精の羽のような飾りをつけている。羽だけが青みがかっている。


少女は、いきなり集まった視線に驚いたのか、ちょっとはにかむように、微笑んだ。


「はっ」


私の隣に立っていた、丸々太った男が、息を飲んだのが感じられた。


「リディアの登場でございますぅ!!」


会場の温度が一気に上がったような気がした。


そのままトレーに乗った少女は、会場の真ん中まで進む。周りの男たちが道を開けつつも、その目は少女に釘付けになっている。


明かりは少女を追いかけるように照らし続けている。


真ん中まで来た時ようやく私は、彼女の目が金の混ざる琥珀色であることに気がついた。


そのまま、トレーごと、少女はぐるりと一回転する。


トレーが動いた拍子に、リディアの花かんむりが少しずれて、白い額にかかる。リディアの、花かんむりを少し引っ張って直すその指先だけが、僅かにピンクに染まっている。


畜生!もしダイアナの計画がうまく行かなかったら、どこかであの子を拉致しなけりゃいかんかもしれん。


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