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それからの皆の行動は早かった。
まず、ボルディガの女の子のところへ遊びに行ったら、その後随分痒い思いをした、という苦情が巷で流れ始めた。
もっと厄介な病気の噂でも良いのじゃないかとラヴィニアが言ったが、パットが、それでは娼館へ通う客足そのものが落ちる可能性があると、止めた。
実際、パットがスパイをして送りこんでいる女の子が、野良猫のダニを仕込んだらしい。しかもボルディガに賑やかに繰り出してきた、海軍の兵士さんたちのすぐあとに。このダニの元凶が海軍さんたちのせいにされたらしく、兵士たちは、腹を立てて、ボルティガに通うのをやめてしまった。(噂を兵士に耳打ちしたのは当然私たちだ)
ラヴィニアが、
「まあ、お国のために働いている水兵さんたちを、そんな風に扱うなんて。」
と、言って、上官たちとともに、ラ・ロッシ、つまり私たちのところに安くご招待した。(値段についてはさすがのパットも文句を言わなかった。顧客が増えるための投資だそうだ)
愛国心溢れる、ラ・ロッシの商売は、海軍だけには止まらず、より多くの軍関係者や、騎士、警察関係者を呼び込むことになった。(ラヴィニアは、このために、新しい、他の女の子たちとともに愛国心溢れるダンスナンバーを披露した。)
その間にも、パトリシアは着々とボルディガの情報を抑え、操作し、警察関係者の人選を行なっていた。(私たちに強制されて踏み込ませるのではなく、心から幼児虐待に反対する人が良い、ということで、同じぐらいの娘を持つ司法庁の役人が選ばれた。)
ダイアナは、というと、水を得た魚のように、貴族界に噂を振りまくことに熱中していた。(婚約破棄の時に、さんざやったので、お茶の子さいさいと言っていた。)情報源が自分では、信用を得られないだろうから、と、顧客の子爵や男爵に、
「私の親友が・・・あの子が生きていたら私も・・・」
と、涙を見せたそうだ。(勝気な子の涙は、値千金らしい)
一月後、ダイアナのところに足しげく通っている子爵が、
「ウエスコット公に養女に出すと、奥方の呪いで早死にするという噂で持ちきりだよ。」
と、報告してきたそうだ。実際に起こっている、幼女虐待の話をしたいのは山々だが、そうすると、王家の怒りに触れて、お家取り潰しにもなりかねんということで、そこには蓋をした。
ウエスコットは幼女を手に入れることが出来ず、悶々としている。ボルディガでは、経営難からの巻き返しを計り、策が練られている。そんな時に、私は、(後で聞いたら、パトリシアの計略だった)ボルティガの支配人、アントンとばったり出会ってしまった。
「おや」
「あら」
私は乳母のところに預けているトッドの様子を見ようとウキウキしながら足取り軽く歩いていた。それがアントンのお気に召さなかったのは理解できる。
「いや、ドロレスさん、相変わらずお忙しいようで。充実していらっしゃるんですね。一層お若く見えますな。羨ましいことです。」
年の割に若く見えるのは否定しないが、髪の毛一本変わってないことは保証する。前回会った時と全く同じだよ。
「まあ、まあ、お口のうまい。私なんぞ、ウチの女の子たちに比べたら」
「ああ、繁盛してらっしゃるとか。」
「ええ、お陰様で。なんだかここのところ、音楽や踊りの好きな方々が引きも切らずにいらっしゃるんですよ。やはりイベントは、うちのようなところには外せませんわね。」
「そちらはそういったところにお金をかけていらっしゃいますからね。羨ましいことです。こっちじゃそんなことは到底できませんね。女の子たちにどんどん稼いでもらわなくっちゃね。」
アントンは、薄ら笑いをやめない。
「そうですよねぇ。でもねえ、一人頭そんなに稼げるもんでもないでしょうしね。私のところはやはり、パーティー券をしっかり売って、イベントの際のお食事や飲み物で細々とやらせてもらってますわ。」
パーティー、お酒、イベントをしっかり入れて話をしろ、と、パトリシアに命じられていたが、これでうまく伝わったのだろうか。
別れの挨拶をした時には、アントンは何か考え込む風ではあった。
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その後あまり時間を置かず、ボルディガで、オークションパーティーが開かれるという噂が流れてきた。そして、そのオークションにかけられる子供が、まるで妖精のような儚い、美しい子供であることが、誰からともなくウエスコットの耳に入ったということだった。