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ラヴィニアは、ああ、という顔をする。
「この辺り一帯のロマに声をかけて、ウエスコットへの血の粛清を誓わせたわ。私たちは、仲間を殺した奴は許さないの。一生をかけてでも、執念深く追いかけるわ。炭鉱で起きたことをマニーに説明させて、用意は万端よ。
仲間が探って来たところによると、ウエスコットは、ネルの行方を一応追いかけているようだけれど、大して焦ってはいないようなのね。あの体で嵐の中逃げ出したんだから、途中で行き倒れたんだろうと思われてるみたいなの。まあ、彼らが油断するように、ネルの死体がどこかで見つかったと言う噂が、ウエスコットの耳に入るようにするつもりよ。探ればロバータに探索の手が行き着くように情報操作しておくわ。ロバータには金を握らせてあるし、彼女もロマの一員だから、血の粛清がどれだけ神聖なものか理解してるわ。ロバータが、母親は死んで、赤ん坊は養子に出したってことをウエスコットの耳に入れるはずよ。ネルのお墓も、町外れの無縁仏を扱う教会に作っておく。まあ、ここまでやれば、ウエスコットもこれ以上探索はしないでしょう。」
そうだろう。元々孕んだネルに執着などないはずだ。ネルが死んだと聞いて、むしろ安心するだろう。
「まあ、ここまでの手配はどうってことない。念の為ってところよ。で、トッドの存在の布石にもなるわ。」
ラヴィニアが身を乗り出して、説明を続ける。
「ここからが復讐の手立て。ウエスコットはむしろネルの後釜探しに来てるのよ。領地の垢抜けない子より、貴族の子女風の、儚げな、妖精タイプがお好みのようね。ウエスコットは、将来婿を取らせるための養女を探している風を装っているけど。これはなんとしても阻止する。」
ダイアナが引き取って、言葉に力を込める。
「貴族の間で、今までの養女がことごとく亡くなってるって噂をばらまくわ。王都の貴族で子供をウエスコットに養子に出そうなんて考えないようにね。」
私はダイアナに疑問を投げかける。
「お金で動く親はいるわよ。止められないんじゃない?」
「探せばいるでしょうけど、ウエスコットに養子に出すなんて、なんて酷い親だ、という風に持っていけば大丈夫。体面を気にして、そんなに簡単には子供を手放せないわ。」
ダイアナは自信たっぷりだ。
ラヴィニアが続ける。
「で、ウエスコットをこちらの用意する子に誘導するわけ。」
だからそこが気に入らない。そもそも子供を巻き込むなど言語道断だ。
「そんな子がおいそれと見つかるわけないでしょう。見つかったとしても、ウエスコットの毒牙にかけるなんて絶対にしませんからね。」
ここは譲れない。絶対に譲れない。
パトリシアが声をあげた。
「いるわよう。ボルディガに。もう、ドンピシャって子がね。透き通るような銀髪に、湖のような薄青い瞳。色白の上に、傷一つない肌よ。ウエスコットってそういう趣味の人でしょう?」
「はっ?本当にあそこ、そんな小さな子を置いてるの?」
思わず私の声が出る。
「ええ、いるわ。前にも言ったわよね。」
そうだった。
ラヴィニアが、眉をしかめる。
「年齢的に良くても、娼館の子にウエスコットの食指が動くとは思えないけど。」
パトリシアがため息をつく。
「これだから・・・皆さん勉強不足よ。ライバルのやる事なんだから、ちゃんと把握しとかなきゃ。」
そう言いながら、視線は私の方を向いているので、私を非難しているのだろう。置屋のババアに向いてなくてごめんなさい。
「ボルディガでは、女の子の処女をオークションに掛けるのよ。初夜権ってやつね。その日はパーティーだし、幼女趣味の輩が仮面をつけて集まってくるわ。それで、主役の女の子の処女を買うのよ。ウエスコットもそこに誘導すればいいのよ。」
どこまで続くのだ、この鬼畜話は。
「ウエスコットが金に任せてその子のことを買ったからって、それがどうしたって話よね?別にウエスコットを追い詰める話にはならないんじゃない?」
ダイアナが最初に冷静さを取り戻した。だが、パトリシアにはちゃんと策があるようだ。
「売れればね。でもその前に官憲が踏み込んできて、買えなかったとしたら?で、ボルティガが営業停止になって、女の子たちが、うちに来るの。その妖精ちゃんも含めてね。どう?」
ラヴィニアが顎に手を当てながら考えている。
「目の前にいる美味しそうな女の子が、もうちょっとのところでいなくなる、かぁ。案外いけるかも・・・」
ダイアナが空を見つめている。
「すぐにここに女の子たちを卸してくれるかしらね。一旦教会とか救護院に引き取られるんじゃないの?そこはどうする?」
ラヴィニアが私をみる。
「お母さん、救護院にはコネあるんでしょう?善行積んでるんだから。」
「救護院ならね。でも教会だとねぇ。」
ラヴィニアが嬉しそうに、
「教会だったら大丈夫。枢機卿が何度か遊びに来たことがあるから。便宜はらって貰うわ。」
と、言った。
「いや、でも、子供を払い下げるのはどうかしら。」
と、私が疑問を投げかけると、パトリシアが、またもや勉強不足の子供を叱るように、
「母親ごと引き取ればいいのよ。そもそも母親があそこで働いてるんだから。」
と、わたしに言い聞かせる。
はいはい。ごめんね。
「で、妖精ちゃんを引き取ったという噂を聞きつけてやってきたウエスコットを殺すと。これは私でいいでしょ?ちょっと譲れないわ。」
ラヴィニアがそう言ったとたん、ダイアナが否定した。
「だめよ。ただ殺したんじゃあ、トッドが後継者になれないじゃない。それじゃあ、まったく暗殺と変わらないわよ。まずはトッドを後継者として認めさせたうえで、ウエスコットは重い病気かなんかになっていただかないと。トッドが成人するまでとは言わないけど、トッドがウエスコットを継ぐまで生かさず殺さず、そこを再考する必要があるわね。」
「「・・・・」」
しばらく考え込むが、なかなかいい案が浮かばない。
ラヴィニアが、頭を振りふり、宣言した。
「とにかく根回しに時間がかかると思うの。まずはそこからよ。」
パトリシアが同意する。
「そうね。ボルティガのパーティーだって、普通なら、あと1、2年は待つはずなのよ。早めに妖精ちゃんを引っ張り出してくるには、すこしボルティガの営業成績を下げて、焦ってもらわないとね。
客足が遠のくような噂を流すわ。まあ、簡単なところで、病気かしらね。それだけでも2、3ヶ月はもらわないと。」
ダイアナが心配する。
「でもあんまり待たすと、ウエスコットが次の女の子を見つけるかもね。」
「「・・・」」
ラヴィニアが、
「3ヶ月をめどに動きましょう。ダイアナは貴族関係にウエスコットの養女たちに起こったことを噂として流すと。」
ダイアナが頷く。
「パトリシアはボルティガの動向を把握して、なおかつあの店の悪評をそれとなく流す・・・それは私もやるわ。」
パトリシアが軽く瞬きをする。了解したようだ。きっとボルティガのスタッフに自分の手の内のものを忍ばせているのだろう。
「マニーにはウエスコットの動向を見守らせ、私は全体の計画進捗状況を監視するわ。お母さんはどうするの?」
「私はウエスコットが私たちの手に落ちた時、どうしたらよいか、考えるわ。当てがないわけじゃないから。任せてくれる?」
私の女の子たちが、皆、頷いた。