8
「ネルだっけ?あの子の年齢を見た時、ひょっとしたら、とは思ったんだけど、ウエスコットに孕まされたんでしょう?」
私の物問いたげな視線に、ラヴィニアが、
「エリン」
と、答えた。
情報源を隠すつもりはないらしい。だが、今度、エリンにお喋りはほどほどに、と、釘を刺しておこう。
私はラヴィニアに返事をした。
「あまり広げたくない話だから、ここだけのことにしといてちょうだい。そうよ。ウエスコットが父親らしいわ。」
ラヴィニアは眉をしかめる。
「ああ言うのは、父親とは言わないんじゃないの?」
どうやら、ウエスコットの嗜好について、ラヴィニアもよくご存知のようだ。
「どう言う知り合いなの?」
そう言うと、私は、通用口のドアを閉め、あたりに人気がないか、見回した。皆、夕方からの仕事に備えて、準備のためにひっこんでいるらしい。私たち以外、誰もいない。
だが、念のため。
「貴方の部屋で話しましょう。」
と、いって、二人で移動し始めた。けれど、ラヴィニアは、階段に足をかける前に、
「マニー!」
と、声をあげた。大して大きくもない声に、マニーがすぐにすっ飛んで来た。マニーはラヴィニアの呼びかけに応じなかったことがない。
「一緒に話を聞かせるわ。関係のあることだから。」
そう言うと、三人でラヴィニアの部屋に向かった。
部屋に入ると、私とラヴィニアは、狭い部屋の小さな椅子に各々腰掛ける。この部屋は客を迎えるためのものではない。お客をもてなす部屋は全て階下だ。ラヴィニアはナンバー1のステータスを利用することなく、一番小さな部屋を使っている。自分のものも極力少ない。いつだったか、こちらの方が落ち着くと言っていた。
マニーは、部屋のドアのところに立っている。
「ダイアナが元貴族ってことであの子に話を振ったんだろうけど、私もあいつと関わりはあったのよ。
私が元々ロマとして、各地を回りながら、歌と踊りを披露してお金を稼いでたことは知っているわよね。」
ラヴィニアの独特な踊りが、そこから来ていることは私も知っていた。
「ロマのほとんどが移動生活をしてるけど、ナワバリはある程度あるの。うちのグループは、この国の北の方と隣国を主に回っていたのよ。13年ほど前のことよ。ウエスコットの領地内で巡業してた時に、『放浪者の活動など、まかりならん』て、言われて、一斉に検挙されたのよ。で、リーダーが、ウエスコットに・・・まあ、当時よくあることだったんだけど・・・私を差し出すから、巡業を認めてくれ、って交渉したのよね。」
私は眉をしかめる。一体今日は、どれだけ酷い話を聞かなければならないのだろう。
ラヴィニアは、その私の表情から何かを読み取ったらしい。
「別にね、私だって処女だったわけじゃないし、踊れるんだったらいいや、ぐらいのことを考えてたのよね。」
ロマの女の子は早熟だ。時に10代でグループの生活を支えることもある。13年前といえば、ラヴィニアは15、6だった筈だ。
「でも、私じゃ満足していただけなかったわ。『このような使い古しでごまかそうとは、随分甘く見られたもんだ』って、言われたわね。ウチの将来がかかってたから、全力で頑張ったんだけどね。
で、翌日からは、まだ5歳だった妹を差し出せって、言われたの。リーダーも、『それならこの土地を出て行く』って言ったのだけれど、すでに遅しってところね。
・・・妹は4日しか持たなかった。ウエスコットには嗜虐的な傾向があったし。泣いて嫌がってた妹は、5日目に冷たくなって戻ってきたわ。」
殺す。ウエスコット、私の全身全霊を掛けて殺す。それしか思い浮かばなかった。
「で、私たちのグループは、炭鉱に強制送還、強制労働ってことになったの。流石に子供を殺したことが噂になるのが怖かったんでしょうね。口封じに女も男も皆炭鉱に送られることになったのよ。男衆は炭鉱で働き、女衆は、その・・・面倒を見ろ・・・ってことでね。
私はその寸前、一人でサッサと逃げ出したわ。踊れなくなるのなら、死んだ方がましだと思ったし。で、流れ着いてここにいるわけ。
マニーは、炭鉱で10年近く働いて、隙を見て逃げ出してきたの。執念深いわよね。しっかり見つかっちゃった。坑道の埃ですっかり喉と肺をやられて、声も出ないから、ここに一緒に置いてもらってるってわけ。」
私はマニーの方を窺った。確かにマニーはラヴィニアの紹介だ。置いていかれた怒りや恨みが、そこにあるのだろうか。その表情からは、相変わらず何も読めない。
「グループの他の人たちは?」
ラヴィニアが答える。
「もうほとんどの人たちが死んでる、と、思う。あの過酷な環境にそんなに耐えられる人間はいないわ。旅を許されないロマには、もっと辛かったんじゃないかしら。私たちは、安寧より、魂の自由を選べと言われてきたから。」
「で、ウエスコットに復讐を考えているの?その機会をずっと狙っていたの?」
そうだとしても、非難はできないが。
ラヴィニアが笑い出した。
「いや、そんな余裕はなかったわね。思い出したこともないといえば嘘になるけど、自分のことで手一杯だったわ。一応あいつの噂には、注意は払っていたのよ。次々に幼女を毒牙にかけているという話は聞いていたの。
でもねぇ。まさか家に飛び込んできた女の子がねぇ。幼女嗜好はウエスコットの特権じゃないから。偶然には驚いているわ。なんであの子王都にいるの?」
私はため息をつく。
「ネルの話によると、ウエスコットのところじゃ素性を隠してのまま医師も産婆も呼べないし、雇い人に面倒見させるわけにもいかないから、出産を地元で隠すことは無理だってことで、王都に連れて来たらしいの。王都で誰かに密かに金を握らせて、ネルの出産を手伝わせるつもりだったのね。生まれたら、母子ともに、どこかの養護院か教会に捨てる手配だったんじゃない?ネルは、『出産の時に母子ともに死ねばいい』と思われてたって言ってたけど。」
ラヴィニアが、ふうん、と言った顔をする。
「あの鬼畜、とりあえず、やたら身の回りで幼女に死んでもらっちゃこまる、ぐらいの知恵はついたのね。どうせ、次なる獲物を探しているんでしょ。」
出産をした女の子には興味を持たないだろうな。ウエスコットがまた新しい女の子に手を伸ばすことを考えると、吐きそうになるが、私たちに一体何ができるのだろう。相手はお偉い貴族様、その中でも強烈に力のある辺境伯だ。だが、はるか昔に、そういった人たちと戦ったことがあったのではなかったか。そんなことがふと頭をよぎった。
いや、いや。
私は、背筋を伸ばした。
「まずは、ネルを無事出産させることだわ。それまでに何かできないか、考えてみるわ。」
もとい。ネルが無事では済まないことはほぼ決定的だが、彼女の願い通り、子供はなんとしても助けてやらなくてはならない。
「そのためには、ネルがウエスコットに追われていないか、確認しなきゃいけないわね・・・」
「ああ、それならマニーがやっておくわ。ウエスコットの動きを調べておく。大丈夫、無理はしないから。」
そう言って、ラヴィニアが立ち上がった。
「マニー、でもその前に、庭に天幕を張ってちょうだい。久々にアラビアンナイトでお客様を歓迎するから。ミュージシャンも呼んでね。」
ああ、ラヴィニアの妖艶なベリーダンス。次に頭をよぎったのは採算が合う様に、どこを削ればよいだろうか、だった。