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ダイアナの部屋を出て、自分の部屋へ戻ろうとした時、マニーが私の部屋の前で立ち番をしているのに気がついた。
「ロバータがもう来ているの?」
マニーが頷く。
「あら、結構早かったわね。後は私が面倒見るから大丈夫よ。貴方は店を開ける準備があるんでしょう?ここはもういいわ。」
そう言うと、マニーは足取りも軽く、店の方に降りていった。
部屋に入ると、カーテンを閉めて薄暗い中、ロバータがたらいで手を洗っているのが見えた。ロバータは、すでに70は超えているだろう。苦労を重ねたのか、深いシワの中に細い目が隠れてしまって、何を考えているのか、なかなか読み取れない人だ。
「診察は終わったの?」
と、聞くと、
「終わりましたよ。」
と、言葉少なに返事があった。元々口数の多い方ではないが、おそらく話は妊婦のいないところで、ということなのだろう。私は、ロバータに向かって、外に出ようと顎でドアを指した。ところが、
「私も話を聞きたいわ。」
ベッドのネルから声が上がった。落ち着いている。
私は、ロバータに同意の意で頷くと、カーテンを開けて光を入れた。ネルの表情を見逃したくはなかった。
ロバータが診断を下す。
「お子さんは順調ですよ。元気に育ってますね。逆子でもないし、お腹が全体的に下がってるから、出産も間近でしょうね。」
それを聞いて、私とネルが、うん、うん、と頷いた。
「出産になったら、医者をお呼びください。産婆だけじゃ手に追えないでしょうから。」
と、ロバータが続ける。
「知り合いの先生に連絡を入れておきますよ。こう言うことに経験のある先生にね。」
そう言われて私は戸惑ったが、ネルは事態を正確に理解していた。
「それって、自然分娩は無理ということよね?お腹を切って、赤ちゃんを取り出すのかしら。」
私は自分の顔から血の気が引くのを感じた。帝王切開など、妊婦に対する死刑宣告だ。
ロバータは表情を変えない。
「そうですね。産道も狭いし、骨盤だって、小さすぎるし、これから広がる可能性もすくないでしょう。産道での出産を選ぶと、赤ん坊は出て来れずに窒息死するだろうし、妊婦も出血多量でショック死するでしょうね。帝王切開であれば、赤ん坊は助かるチャンスはありますね。」
「・・・」
衝撃を受けて、言葉も出ない私に比較すると、ネルは冷静だ。頷きながらロバータの話を聞いている。
「なんでここまで赤ん坊を大きくしたのか・・・」
ロバータの細い目がわずかに開いて、私の方を見ていた。
ネルが事情をはっきりさせる。
「ドロレスのせいじゃないわ。私は数日前にここに逃げ込んで来たの。赤ん坊の父親から逃げ出してね。」
私がコクコクと頷く。
ロバータは、また目を細くした。
「まあ、この店じゃあ貴方のような子供を置いていないのは知ってましたけど・・・そうですか・・・でも私の診断に変わりはありませんよ。赤ん坊を助けるのなら医師が必要です。」
「ちょっと考え・・・」
私の話が終わらないうちに、ネルが返事をした。
「よろしくお願いします。」
畜生、ダメか。どうしようもないのか。
ロバータが、
「母親の方が覚悟がおありだ。準備しておきましょう。」
と、言った。
他にどうしようもない。私は、仕事を終えたロバータを階下に送っていった。
裏口からロバータを見送りながら、諦めきれずに考えこんでいると、後ろから声が掛かった。
「ウエスコットが絡んでるんですって?」
振り向くと、うちのナンバーワンが立っていた。