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どんな手を打てば良いか、全く思いつかないまま、部屋を出た。だが、まずは産婆だ。商売柄、金を払えば動く、腕の良い産婆にはコネがある。
「マニー、ちょっとモンローまで行って、ロバータに来てもらってくれる?早く診てもらいたいから、いなければ戻ってくるまで待って、一緒に連れてきて。時間がかかるかもしれないけど、今日中に済ませたいから。」
そうお願いすると、マニーは頷いだだけで、出て行った。
次はっと。貴族のことは貴族に聞いてみましょうか。
ダイアナの部屋をノックする。
「どうぞ。」
と言われて入って行けば、ダイアナは衣装合わせの真っ最中だった。
うちでは、衣装は店のオリジナルを自前で作っている。それぞれの女の子がニーズに合わせて衣装を用意するので、市販のものを買うより、住み込みのドレスメイカーを雇って、家で作ったほうが何かと便利で、安く上がる。
ダイアナの衣装は、いつもの良家の清楚なお嬢様風だ。胸元は少しあいているが、袖はパフスリーブの短めのもので、両肩と両脇にレース使いがされている。あまり見かけない、妙なデザインだ。
「ねえ、ねえ。お母さん。ちょっとドレスを試したいんだけど、手伝ってくれる?こっちへ来て。」
そう言われて、ダイアナの近くに寄る。
「ここ、正面に立ってくれる?」
ダイアナと向き合った。ダイアナの左手が私の右手を掴み、ダイアナのドレスの胸元に引っ張り上げられる。
「そう、胸元のコサージュのところをしっかり掴んでてね。離しちゃだめよ。いい?」
黙って頷くと、ダイアナが右手を上げて、自分の額に手の甲をつけた。
「あーれー・・・」
ふざけた様な声とともに、くるっと一回転しながら、くずおれる。
バリッ!
音とともに私の手の中にドレスが残り、下着姿も露わなダイアナが、床に転がっていた。
床から見上げるダイアナが、
「どう?」
と、聞いてきた。私はドレスをちょっとだけ広げて、仕組みを見てみる。脇のレース使いが綺麗に裂けている。
「・・・いちいち破くの?大変ねぇ。」
経費が頭をよぎる。
ダイアナが、ニヤッとして、
「そこはそれ、肩と脇に薄い安いレースもどきの紙を入れてるのよ。簡単に直せるわ、ね?」
最後の問いかけは、裏方兼ドレスメーカーのエリンに向けたものらしい。
ちょっとお喋りだが、気の良いエリンが、首を傾げながら、
「テープのようなもので代用できないですかね。」
と、考え込んだ。
立ち上がったダイアナが、
「ダメよ。やっぱり破く音がないと。お客は、攻撃的な行為で刺激を求めてるんだから。」
と、言う。私を見ると、ニヤッとする。
「派手な音が出て、簡単に元に戻せるドレスのアイディア募集中よ。うまくいったら、こういう服を売り出すって手もあるんじゃないかしら。マンネリ化した、やんごとなきご身分のご夫婦に売れるかも。」
はあ。一体この子はどこへ向かっているのだろう。
一応意見も言ってみる。
「デザインとしてイマイチね。簡易にするなら、スカートの部分だけでもいいんじゃないの?」
ダイアナが考え込む。
「巻きスカートみたいにして、くるくる回るか。うーん。」
ダイアナが、下着の上からローブを羽織り、エリンがドレスを直している間を使って、私は質問することにした。
「ダイアナ、貴方、ウエスコット辺境伯って、知ってる?」
ダイアナが肩眉をあげる。
「ランス・ウエスコットのこと?知ってる・・・え?あの子、ウエスコットのところから逃げて来たの?」
ダイアナは、貴族としての教養があるだけではなく、鋭い考察力を持った子だ。
「そうらしいわ。」
「あの鬼畜オヤジ、あんな子供を妊娠させたの?ヘドが出るわね。」
私は、エリンに部屋を出るように合図をすると、エリンはドレスを抱えて静かに出て行った。エリンがドアを閉めたのを確認して、話を続ける。
「ウエスコットについて何を知ってる?」
私が尋ねると、ダイアナは、眉を寄せて考えこんだ。
「北の方に領土を持っていて、北方の国との軍事的前線を任されてたんだけど、国交が結ばれて、ここ何十年もそういった役割は果たしてないみたいよ。でも独立自治の考え方は浸透してるから、なんでもあっちですませちゃってるんじゃない?もともと農産物だけの場所だったけど、最近は鉱山で儲けてるわ。石炭という燃えやすい石がたくさん出るから、それを燃料として流通させてるらしい。そのおかげで裕福だって聞いてる。」
それだけ聞けば、結構よいご縁なんだろうけど。
「ご家族は?」
「本人はもう40代も半ばだというのに、独り身。はるか昔に妻がいたらしいけど、若くして亡くなったと。以来、妻を偲んで再婚はしていない・・・まあ、ここまでが表立った話よ。」
「裏は?」
「若い女、というよりは、幼児にしか興味がないんじゃないの。実は私が婚約破棄された時、あいつのところへ後妻に行くって言う話もあったらしいけど、父が問い合わせたら、『年寄りすぎる』って断られたらしいわよ。」
当時のダイアナはまだ17だったはずだ。
「本当にそんなことを言ったの?」
「いえ、一応、自分の嗜好は隠してるみたいだから、はっきりは言わなかったんじゃないの。『傷物のお嬢さんを』みたいな濁し方をしてたらしい。父はなぜだか、あのジジイのこと知っていて、『10を超えたら興味が湧かんようだ』って言ってたけど?」
そうか。実に気分の悪い話の裏付けがどんどん取れるな。
「よくそんなところに貴方の結婚話持って行ったわね。」
「まあ、父も死を間近にして、私の後ろ盾をどうにかしなければと焦ってたんでしょうね。この私の性格ならウエスコットぐらいどうにかできるんじゃないかと思ってたろうし。」
ダイアナの父親は、婚約破棄の騒ぎの直後に病で亡くなっている。母親は、ダイアナがまだ幼い時にこれもまた病で早逝されたと聞いていた。
「ウエスコットの、その・・・趣味は公なの?人の口には上ってるの?」
「なにせ滅多に王都に顔を出さないし、辺偶で、好きなことやってるという噂はあるわね。でも流石に幼女嗜好は大っぴらになってはいないようよ。」
だが、いよいよ持ってネルの言葉の真実性が増してきた。趣味を隠しているというのであれば、ネルが追われていないかも確認しなくちゃならないだろう。
私はダイアナに、ウエスコットについて、顧客から何か話が聞けたら教えてくれ、とお願いしておいた。