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「間違いないのですか?」
衝撃のあまり、勢い込んで聞いてしました。
「間違いありません。私がトッドの存在を間違えることはありません。」
恋人達を親子に仕立てるとは、精霊王も随分酷なことをする。
ネルはそう言いながらも、自分のお腹を愛おしそうになでるのをやめない。子を慈しむ母の顔なの・・・だろうか・・・
「えっと、それでは、生まれてきた赤ちゃんと・・・恋愛を・・・」
これ以上は私には口に出せない。なんとも苦いものが腹の底から湧き上がってくる。
ネルがおかしそうに笑う。
「その心配はありません。できることなら私もこの子に母親として無償の愛を注ぎたいですけれど、ダメでしょうね。私は出産に耐えきれないので、死んでしまうと思います。だから、この子をお願いしますね。」
「えっ?」
ちょっと、ちょっと待ってくれ。一体どうしたらこんな話になるんだ。
「多分、私、出産の時に死にます。だから、トッドの養育をお願いしたくて、それで逃げてきたんです。」
いや、待てい!何から聞けば良いんだ!
「あの、誰から逃げてきたの?赤ん坊のお父さんとか、ご両親とか、そういった人はいないのかな?ここはまかり間違っても、子供の養育に適した場所とはいえない・・・ですよ。」
もう、最後の方は息切れした。
「ウエスコット辺境伯が子供の父親です。でも養育は当てに出来ません。幼い女の子を飽きるまで、というか、成長するまでいたぶって、そのうち殺しちゃうような人ですから。子供の親としては失格ですね。
私の両親も、今どうしてるか知りませんけど、早々に私をウエスコットに売り払った人たちなんで、子供を預けたくはないですね。娼館の方がはるかにましです!」
ダメだ。私の頭が全ての情報を消化しきれない。
「すいません、ちょっと、お茶を飲んで頭をスッキリさせてきます。朝ごはんを賄いさんに持ってきてもらうので、貴方はそのまま、ここで食事をしてください。
貴方だって、出産までに・・・体力をつければ・・・何かが変わるかもしれないじゃないですか。」
私は、頭の整理をするために一旦休憩を取らせてもらった。
+ + +
朝食を済ませて、すっかり元気になったネルと再び話をし、私は胃の中にあったものを、危うく戻しそうになった。
まとめると、現在ネルは13歳。ウエスコットの元に売り払われた時にはわずか8歳だったそうだ。ネルを売った両親というのは、どこかの貧乏貴族で、ウエスコットから養女にと言われて、ホイホイ娘を手放したそうだ。ウエスコットの“養女”というのが、どんなものか、全く知られていない話じゃないので、ネルの両親は、支度金に目が眩んで、娘を人身御供にしたということらしい。
同じような境遇の女の子をウエスコットは数人抱えているらしい。ネルは比較的頑張って長持ちした方なのだそうだ。知りうる限り、いつの間にか姿を消した妹が二人いたということだ。(ここで私の口の中に酸っぱいものが上がってきた。)
確かにそいつに子供は渡せない。
だからと言って、娼館での子育てなぞ、前代未聞だ。
「貴方を養護院に送って、そこで無事に出産して、貴方が育てるという選択は、本当にないの?養育の手助けなら、できるかもしれない。」
ネルは淡々と答えた。
「赤ちゃんを小さく産んで、というのなら多少はチャンスもあったけれど、私はトッドが無事に生まれることを選んだの。しっかりお腹の中で育ててね。
別に出産で死ぬことは気にならないの。元々、どの人生でもあまり長生き出来た試しがなかったしね。」
「何回転生したの?」
「12回かな。人以外の時も含めてね。」
で、ことごとくトッドと一緒になれなかったわけか。妖精王執念深いな。どうやらネルは、私とは違った意味で、死ぬことを恐れていないらしい。
「トッドを無事に育ててちょうだい。その間に、今度こそ私、間に合うように生まれ変わってくるから。大丈夫。次はちゃんとできるわ。当てがあるの。」
いやはや、どんな当てだ。妖精王と仲直りするのか?娘を魚にしたり、鳥にしたり、とてもじゃないけど、すぐに機嫌が治るとは思えない。
私は頭を抱えた。