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結局翌日は丸一日、その子と話をすることはなかった。私が部屋に行くと眠っていたし、起きてジョイが食事をさせている時は、私が忙しかった。まあ、その間に考える時間も、覚悟も出来た。私が彼女を殺したのは確かな事なのだ。
その子と目が会ったのは、翌々日の昼にも近い時間だった。
よっぴいて仕事をした後、目が覚めて長椅子から半身を起こすと、ベッドに座ったまま、私を見つめる彼女と見つめ合うことになった。
「「おはようございます」」
どちらともなく挨拶をした。非日常な出来事がこんなに平凡な挨拶で始まるとは意外なものだ。
のんびりした風の女の子に、私はいやが応にも緊張を高めた。私が殺した女の子・・・
「妖精王の娘さんなんですね。」
女の子はうふふと笑う。
「元、妖精王の娘です。妖精王の娘だったのは、もう何代も前の人生です。今はただの人間。ネルと呼ばれています。」
何代も前?生まれ変わったということだろうか。
「でも、妖精王の娘だったことを覚えていらっしゃるんですか。」
「はい。前世の記憶は全てあります。覚えておきたいことも。忘れてしまいたいことも。」
そんなに何度も生まれ変わったのか。全てを覚えているというのなら、私がやったことも忘れてはいないだろう。
「まずは、知らなかったこととはいえ、貴方様を殺して・・・食してしまったことをお詫びいたします。」
「いえ、お気遣いなく。あの時私は、トッド、私が恋した人間の男ですが、を父に殺され、人間を愛した罪で、鯉に姿を変えられて、絶望していました。一時も早く死んでしまいたくって、釣竿にかかったんです。まあ、言うなれば自殺ですね。」
そういえば、ジェイコブがまるでバケツに飛び込んでくるように簡単に釣れたといっていたなぁ。どうせ死を選ぶなら、他の魚に食べられるとか、差し障りのない方法を取ってくれればよかったのに。
「あ、でも、罪滅ぼしに、お願いしたいことがあります。ですから、そんなに安心しないでくださいね。」
そう微笑むネルを見て、ちょっと腹が立った。
親子揃って勝手だ。自殺だっていうのなら、ジェイコブも私も子供たちも、貴方たちに振り回されただけじゃないか。あんたたちの親子ゲンカに巻き込まれたようなもんだ。
私の眉間のシワに気がついたようだ。ネルは薄っすら笑った。
「王は人に忘れられたことをひどく怒っていました。自然の恵みを分け与え、共に生きることを選んだのに、人はその感謝の念を忘れてしまった。生きとし生けるものに宿る精霊たちの存在を、人は葬り去ったと。
貴方の旦那様は、精霊が住むといわれる禁忌の場所に、『まあいいか』、で入っていったのでしょう?貴方たちも私たちを忘却の彼方に置き忘れた人たちです。」
ぐっ、と、言葉に詰まった。おっしゃる通り。ネルが続ける。
「そんな人間を愛する私は、もっと許されざる存在なの。王はそれを忘れさせてくれない。何度も何度も生き返るたびに、王はそれを私に嫌という程見せつけてくるの。」
どうやら私以上に厳しい罰をこの子は受けているらしい。
「どのようにして罰せられているんですか?」
私は静かに問いかけた。
「何度生まれ変わっても、トッドとは結ばれることなく、その生を終える、ってことかしら。微妙にすれ違ったり、絶対に愛しあえないところにトッドと私はいるの。
生まれて間もない赤ん坊の私の横で、老衰で亡くなるトッドを見送ったこともある。トッドが私の生きる国に戦いを挑んできた軍の一兵卒だったこともあるわ。その時の私は将軍の娘だったから、思いっきりトッドに殺されちゃった。私はトッドに向けて手を伸ばしたのに、有無を言わさず刀を振り下ろされちゃったの。将軍を守ろうとしてるとでも思ったのかしら。
私がナイチンゲールに生まれ変わったこともあったわ。トッドが飼い主でね。恋人に振られたトッドを、囀って慰めるの。何言っても、ピービーいうばかりでトッドには何も伝わらないまま、こっちの寿命が尽きて2年ぐらいで死んじゃったけど。」
なんていう人生(複数)だ。妖精王よ、ここまで娘が憎いか。
「トッドも貴方に気がついているの?」
「いえ。トッドは何も知らない。転生したトッドが罰せられることはないわ。人間を愛する精霊は許せなくても、精霊を愛する人間は、そうあるべきだったから。」
ネルの緑色の瞳に金色のきらめきが入り込んだ。
「トッドが私のことを忘れていても、私がトッドを忘れることはないの。いつだって、トッドに気がつかないことはないわ。生まれ落ちたその瞬間、いえ、その前からトッドがどこにいるか私は全身で感じてるの。
だから、今回も間違いはないわ。」
そういうと、ネルは、そっと自分のお腹に手をやった。
「今、ここに、トッドは私の中にいる。」
うげっ!親子かよ!覚悟も何も吹っ飛んだ。