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言いたいことだけ言って、その子はまた目を閉じている。妊婦の上、この天気だ。気を失ったのかもしれない。
「マニー、その子を私の部屋に連れて行って。」
計画変更。聞かれたくない話をしなくちゃいけないかもしれない。とりあえず私の部屋で面倒を見よう。
ラヴィニアがくいっと、片眉を上げた。
「知り合いなの?食べるだの食べないだの訳のわからないうわごとを言ってたみたいだけど。」
確かに、側から聞いてて理解のできる話ではないだろう。
「昔の知り合いに関わりのある子かもしれないと思ったのよ。それにどうせこの体じゃ、すぐに追い出せないでしょうしね。引き取り手に来てもらうにしても、数日かかるかもしれないし。ジョイのベッドをそう何日も占領させたら気の毒よ。私のところなら、休める長椅子もあるしね。」
ラヴィニアは、首をすくめて意見をいわず、そのまま他の子たちと食堂に向かった。
ジョイが毛布を持って戻って来たので、マニーと一緒に私の部屋へ向かわせ、女の子の濡れた衣服を脱がせて、毛布に包んで寝かせておきなさい、と指示を出した。
あの子がなんにしろ、今は人間、しかも妊婦さんだ。ともかく休ませることが一番だろう。
私も食堂に向かい、食事をしながら女の子たちの噂話に耳を傾けた。予想に違わす、話の中心は、面白おかしい、客達の振る舞いだ。
客達の動向には常に注意を払っておかなければならないし、女の子たちがあまりに口を滑らさないよう、抜かりなく見守った。とはいえ、女の子たちも、信用第一の商売で、言っていいことといけないことは心得ており、話はたわいもない自分の失敗談だの、すべった冗談などに終始していた。
女の子の世話を済ませたジョイが食堂に降りてきた。
「あの子は?」
様子を聞くと、ジョイがスープを受け取りながら、
「眠ってます。毛布でぐるぐる巻きにしたら、ちょっと体温が戻ってきたのか、顔に赤みが差してました。」
と、答えた。意識は一度も戻らないまま眠りに落ちたということだった。
パトリシアが、
「妊娠してるのよね?」
と、興味深そうに聞いてきた。
「はい。もういつ生まれてもおかしくないんじゃないですかね。」
と、ジョイが返事をする。この商売に携われば、皆、一度や二度は妊婦に関わったことがある。年若いジョイでさえ、そんなに動揺はしていない。
パトリシアがため息とともに、
「あんな小さな体で出産に耐えられるのかしら。」
と、呟いた。それはここにいる皆の共通認識のようだ。
ラヴィニアが、ジョイに、
「どこから来たのか手がかりになりそうなものはなかったの?」
と、聞いたが、ジョイは首を横に振って答えた。口の中にパンが入っていて、返事ができないらしい。
パトリシアが、
「あんな子供を妊娠させるようなことができるのは、そんなに多くはないわよ。案外、ボルディガあたりから逃げ出してきたんじゃない?」
と、推理する。
ボルディガは、私たちのライバル娼家だ。こちらはそうは思っていないのだが、先方には結構ライバル視されているらしい。貴族層の客がお得意様に多いのが気に入らないようだ。ボルディガは、芸事に金を掛けず、料金を抑えて、女の子の数を揃え、一晩に複数の客を取らせる方式をとっている。
同じ娼家だ。どちらが良いなどとは言わない。だが、私は眉を顰めた。
「あんな幼い子はいないと思ったけど?」
パトリシアがボソッと、答えた。
「いるわよ。」
ああ、やだやだ。
ダイアナが毒を吐いた。
「娼家から逃げてきたとは限らないわよ。幼い子にしか興味のないオヤジなんてお偉い方々の中にもいるわよ。金にまかせて子供を買い取ったり、養子にするってふりして、幼い子を領地に囲ったりしてる・・・」
ゴッホン!
私は名前の出る前に、咳払いをした。タブー域の話だ。客の名前が出ては信用問題に関わる。
ダイアナがキュッと口を閉じた。
この子は珍しくも飛び入りからの娼婦デビューを飾った、正真正銘の元貴族のお嬢さんだ。よく手入れの行き届いたブロンドの巻き毛とちょっとつり上がった、アイスブルーの瞳。「勝気なお嬢様が貴方の手によってこんなにも慎ましやかに変わりましたわ」というじゃじゃ馬ならしテクニック(本人申告)で、当店ナンバー2のポジションにいる。
なんでも、ライバルをいじめただの、陥れただの、婚約破棄だので、家を追われたらしい。(本人は、権力抗争に敗れたといっているが)
「自分の運命は自分で決める」
と、ここに飛び込んで来た。いつものように修道院に送る手続きをしようとしていたのだが、
「私をここにおけば、私の落ちぶれた姿を一目見ようと質のいいお貴族様が集まってくるわよ。このビジネスチャンスをみすみす逃すなんて、貴方、バカじゃないの?」
と、言われたのが面白かったので、試しに置いてみた。実際その言葉通り、興味本位の客が随分並んだ。彼女を笑ってやろうとやってきた客が、じゃじゃ馬ならしテクニックで、お得意様に変わる様子は、興味深かった。
「辛くはないか?」
と、心配したが、
「この程度で?やめてよ。それより、私の姓を使っちゃダメ?もっと元貴族アピールできると思うんだけど。」
と、言われた。元家族に名誉毀損で乗り込まれるのもいやなので、それはやめてもらった。
ぼんやり回想していると、パトリシアが、
「どこへ行こうと闇はあるわよ。」
と、朗らかに宣った。