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青ざめるというよりは、真っ白にしか見えない顔に、赤みがかった髪の毛が濡れて張り付いている。マニーが簡単に抱えあげられる小さな体と、まだ幼さの抜けない丸顔からすると、12、3歳だろうか。
「はぁ。」
思わずため息が出てしまった。
この商売をやっていると、女の子が飛び込んでくるのは珍しくない。食うに困って、だの、夫(親)に逃げられて、だの、夫(親)に暴力を振るわれて、だの、一通りの理由は聞かせていただいたような気がする。
飛び込んでくる女の子たちの年齢も様々で、年端も行かない子の時もあれば、私と同じような(無論実年齢500プラス歳ではなく、見た目年齢40プラス歳)時もある。頻繁とは言わないが、それなりに飛び込み回数をこなしている。
子供は知り合いの孤児院へ。大人は教会か救護院、修道院など、それなりの場所に送り込む。たとえ娼館で働けそうな妙齢の女の子だったとしても、じゃあ採用するから明日から春を売って、ということにはならないのだ。
特に家では、それなりの芸事を身につけ、時間をとって心構えをした上での娼婦デビューしかさせていない。高級娼館と呼ばれるためには、いい加減な商品を出す訳にはいかないのだ。
ため息をつく私の横にラヴィニアが立った。ちらっと子供を見て、マニーに尋ねる。
「あら、この子外に倒れてたの?」
マニーが頷く。
「息はあるのよね?」
マニーが頷く。
そうか。後日孤児院に送り込むとしても、ここで死なれるのは困る。店の評判にも関わるし、寝覚めも悪い。私は意を決して指示を出し始めた。
「とにかく濡れたものを脱がせて 体を暖めなきゃね。」
私は裏方の女の子の一人に声をかけた。
「ジョイ。貴方の部屋使っていい?貴方は今夜はユリアと一緒に休んでちょうだい。今夜だけのことよ。明日は孤児院に連絡を入れるから。それと、上から厚手の毛布を持ってきてくれる?」
ジョイが飛び上がるように上に向かって駆け出した。他の女の子たちは、事態が落ち着いてきたのを見て、食堂へと移動し始める。
私は女の子をくるんでいるマニーの雨合羽を軽く引っ張った。
「どうせこの雨合羽の下もずぶ濡れなんで・・・!!」
息を飲んだ。雨合羽が床に落ちて、女の子の細い体をあらわにしたのだ。女の子の華奢な腰には、まあるく張り出したお腹が乗っていた。
妊娠している?しかも産み月も間近だ。こんな細い体で赤ん坊を産もうというのか!
私が最後まで言葉を終わらせることができなかったのを不思議に思ったのか、ラヴィニアが振り返って私が見ているものと同じものを見つめている。
「・・・」
食堂に向かっていた女の子達の足も完全に止まったようだ。
マニーの腕の中で、女の子が目を開けた。緑か。それも新緑を思わせる浅い色合いだ。女の子の瞳は他の誰でもなく、私を映していた。
「・・・助けて。」
思いの外力のある声だ。躊躇いがない。私はこの子を知っているのだろうか?いや、見覚えはない。
「大丈夫。明日になったらちゃんと貴方の面倒をみてくれるところに連絡を入れるわ。救護院なら、母親と赤ん坊両方の面倒を見てくれるから。今夜はまず、貴方の体を暖かく・・・」
女の子が私の言葉を遮った。私から目を逸らさない。
「貴方に助けてほしいの。貴方は私にそれだけの借りがあるわ。」
私は目をパチクリした。なんのことだ?
「貴方は私を殺して、料理した。それどころか、私を食べちゃったんだから。」
はあ?
「私よ、わたし。貴方の夕食のお皿に乗った鯉よ。」
こい?恋?いや鯉か。食べた?私が食べた鯉って・・・そのせいで罰を受けたんだから・・・精霊王の娘・・・ええ?この子精霊王の娘?!
・・・確かに戴きはいたしましたが。