21 ある村人視点 (2)
「デタラメを言うな!」
恰幅のよい男が叫んだ。
「言うに事欠いて、ご領主様の名前を出すとは!」
口入屋は、
「嘘じゃない!ご領主様のところで下働きをさせるからって、何度も頼まれたんです!」
と喚いている。女将さんが、名主様たちより前に、男に問いかけた。
「若い子たち、みんな?全員ご領主様のところへ送り込んだのかい?他のところには?」
信じてくれた声に、救われたんだろう。男が勢い込んで、
「ご領主様のところだけです!」
と怒鳴った。
「・・・あんた、そんなに何人も送り込んで、変だとは思わなかったのかい・・・」
女将さんの声が遮られた。
「ご領主様にお伺いしましょう!」
やつれた女の人だ。でも、さっきより力のある声が出ている。
女将さんが、
「奥さん、ご領主様のところにいったからって、下働きをしてる娘さんに会えると思っているわけじゃないだろう?」
と、優しく奥さんに話しかけた。
「でも・・・」
太っちょのお偉いさんが、声を荒げた。
「おい!やめろ!証拠もないのにご領主様のところへなど押しかけられるものか!」
口入屋を取り囲んでいた家族が、また、口々に叫び出した。
「領主様のところに送り込んだっていうんだったら、そこを調べるしかないじゃないか!」
「止めたって無駄だ!」
「私は行くわよ!」
名主様は、事の成り行きに慌てたようだ。
「皆で押しかけたところで、ご領主様に厭われるだけだ。まずは、私と、町長さん達で話を聞いてみるから。皆、落ち着きなさい。」
そんなことを言われても・・・どうやって落ち着けるのかわからない。今この瞬間にも、メグは客を取らされてるかもしれない・・・
奥さんが、
「名主様がご領主様の元に行かれるのであれば、私たちも一緒に行きます!」
と、叫んでる。俺も同じ気持ちだ。
「「俺も行くぞ!」」
皆、こんなところで待っていられないという気持ちは一緒だった。
村長さんが、
「ダメだ、ダメだ。皆で押しかけたら、まるで一揆だろう!事を荒立てるんじゃない!」
と、言って、皆を落ち着かせようとするが、誰も聞きゃしなかった。
おさまらない声を、女将さんが制して、
「じゃあ、私たちは、領主様のお館の近くで待機するってのでどうだい?私の知り合いの旅籠屋が領主街の外れにあるから、そこで名主様たちの返事を待とうじゃないか。」
と、妥協案を出してきた。
名主様は嫌がったけれど、そんなこと構うもんか。一刻を争うんだ。俺たちは皆、旅支度ができ次第、旅籠屋に向かった。
+ + +
名主様達が領主様のところから戻って来た。
「いや、残念だが、ご領主様はお体の調子が悪いということで、お目にかかれなかった。だが、奥様には御目通りができたよ。
そもそも、屋敷で働くのは、長年勤めてくれている者ばかりで、若い者はいないそうだ。実際、使用人たちにも数名会ったが、年季の入った人たちばかりで、若い女性などいなかった。
口入屋から人を雇ったことはないし、そんな人物は知らんそうだ。」
奥さんが、
「そんな!子供の使いじゃあるまいし!『いませんでした』じゃ納得できないです!ちゃんと調べたんですか?!」
集まった人たちも口々に不満を漏らしている。
「ご領主様が・・・囲っているってことは?」
「奥様が黙ってないだろう!」
「いや、ご領主様に話を聞かんと!」
「家探しせんと納得いかん!」
「使用人を一人一人顔検分させてくれ!」
「口入屋が嘘をついてるんじゃないのか?」
もう訳がわからない。とにかく一刻も早くどうにかしなければ、と、気ばかりが焦っていた。
名主様が、
「相手はご領主様だぞ!無茶を言うな!」
そう怒鳴った時に、入り口の方から声がした。
「いえ、相手はご領主様ではありません。奥方です。」
その声に、俺たちは一斉に振り返った。
「ドロレス!」
女将さんの驚いたように叫んだ。
「あんた、いったいどうして・・・」
ドロレスと呼ばれた中年の女性は、まるで浮浪者のようだった。ボロボロのドレスを纏い、この寒さの中、上着を丸めて抱えこんでいる。
ドロレスさんは女将さんに向かって静かに話しかけた。
「ご領主様の館から、名主様たちの跡をつけさせていただきました。誰かにあの女のことを知らせたくって。」
女将さんが、
「あの女って・・・誰だい?いったい何があったの?ヴァンはどうしたの?」
と、勢い込んで尋ねている。
ドロレスさんは、目を閉じると、
「ヴァンは、あの女に殺されました・・・いなくなった娘さん達のことを調べようとして、あの女に捕まったんです。」
と、呻いた。
女将さんが、ドロレスさんに走り寄って、崩れ落ちそうなドロレスさんを抱えた。
「あの子は・・・あの子は・・・奥方に・・・」
女将さんが、信じられないという様子で、
「領主様の奥方様がヴァンを殺したのかい?」
と、ドロレスさんに聞いた。ドロレスさんが頷く。
「いなくなった娘さん達も皆、あの女に殺されました。」
女将さんは驚きのあまりドロレスから手を離し、ドロレスさんはついにうずくまってしまった。
村長さんが、信じられない様子で
「そんな、バカな!」
と呟いた。
女将さんが、再びドロレスを抱えあげようとして、村長さんに向かって叫んだ。
「子供を失った母親の慟哭が信じられないのかい!これが嘘だっていうのかい?あんたの目はふしあなかっ!」
よろよろと再び立ち上がったドロレスさんが、上着を差し出した。
解いた上着の中に、小さな頭蓋骨が、二つ並んでいた。
「いやぁ!!!」
どこかで女の人が倒れた。