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「いやですよぅ。若い女の子が騙されるのなんて、旦那さんのような色男に決まってるじゃないですかぁ。」
目をぱち、ぱち。畜生、私も魅了の術が使えれば。
口入屋さんはまんざらでもない顔をしている。ちょっと口が軽くなった。
「本当さ。顔じゃないんだろうな。冴えない奴なのに、随分女を侍らせていたらしい。それで頭にきた親たちが、家に乗り込んで、叩き出したらしいがな。
未だにあちこちの村を回って、若い女に声をかけてるぞ。」
やっぱりタークィン先輩のことだね。
しばらく黙っていた奥さんが、思い余って声を上げた。
「そいつなんですか?そいつがシャーリーを連れ出したんですか?」
口入屋さんの口が歪む。
「知らんな。そいつがこの近辺の村で、女に声をかけているのを、2、3度見かけただけだ。俺もあちこちを回るからたまたま行き合ったんだ。どの女が引っかかったのまでは知らんぞ。」
奥さんは考えこんでいる。私といえば、若い男の容姿にしか興味のない噂好きのおばさんを続行中だ。
「ええ!そんなに冴えないのに、引っかかる女がいるんですか?何が・・いいんでしょうねぇ。」
ぐふふ、という笑いがうまく出てこない。練習の必要がある。けれど、口入屋さんには、うまく伝わったようだ。口元がニヤニヤ笑いに変わっている。
「知らんなぁ。口がうまいんじゃないか?女にしかわからん色気ってのもあるだろうしな。男の俺じゃあ、わからんよ。まあ、綺麗な目をした奴だったがな。」
ふーん。
「吸い込まれるような目とか、言いますもんねぇ。そんな感じですかねぇ。」
そう水を差し向けると、
「まあ、青白い顔してるから、目が目立つんだな。こう、キラキラっとさせながら、にっこり。これで若い女はイチコロなんだろうさ。」
口入屋さんも目をパチパチしている。
「いやですねぇ、人の悪い。女の子が引っ掛けられるところを眺めてるなんて。じっくりご覧になったんですか?」
薄笑いを浮かべながら、私は横目で口入屋さんを睨む。
「まあ、あんな堂々と真昼間から公道でやられちゃあ、嫌でも目に入るさ。俺もいい働き手を求めて、あちこち行ってるからね。そんなのを見掛けることもあるのさ。」
はい、アウト。なんで、タークィン先輩が日中行動してるのよ。息が止まりそうになった。
次の言葉を探していると、口入屋さんは、私の相手もそろそろ飽きたようだ。
「近々また出かけなきゃならん。そろそろお引き取り願いたいんだがね。」
口入屋さんは追い払うように手を振った。
「そうですか。じゃあ、私の仕事の・・・」
全部は言い終えることが出来なかった。
「今の求人は、あんたにはちょっとねぇ。元気のいい、若い子探してるんでね。」
と、鼻であしらわれる。
「あら、私は足腰達者でよく働きますよ。そこらの若い子には負けません。若い子のようにフラフラもしてないし。なんか私にあった仕事が来たら、ご連絡願えませんかねぇ。旦那さんだって、いっつもかっつも若い子ばかり世話してるんじゃないんでしょう?」
そういうと、ちょっと不審そうな目つきで、口入屋さんを睨んでやった。疑われないようにしなさいよ。まったく。
ようやく口入屋さんも私の目つきに不吉のなものを感じたようだ。
「あ、じゃあ、連絡先だけ書いて・・・」
口入屋さんが、部屋の隅に置いてあった机に向かい、その手が、引き出しに掛かった。だが、何を思いついたのか、手が一瞬さまよったかと思うと、机の上の紙とペンに向かった。
紙とペンを渡され、私は適当な名前と住所を書き込む。どうせ連絡なんて来やしない。居場所を教えるだけこっちの損だろう。
紙を口入屋さんに戻すと、奥さんに話しかけた。
「旦那さんもお忙しいようだし、奥さんもお疲れでしょう?よろしければ、お昼でもご一緒しません?何か食べないと頑張れませんよ。」
黙ってついてきてくれる自信はなかったけれど、とにかく座っている椅子から引っ張り上げた。奥さんは、思いの外すんなり立ち上がってくれる。これがチャンスとばかりに戸口に向かった。
「じゃあ、旦那さん、是非ともよろしくお願いしますよ。」
そう言って、口入屋さんに片目をつぶった。奥さん連れ出してあげるんだからね。恩に着なさいよ、とばかりに。
口入屋さんはちょっとホッとした様子だ。
私たちはそのまま戸口から出ると、大きな通りの方へ向かった。家から十分離れた頃、それまで黙っていた奥さんが、私の方を見上げた。
「女将さんのところで働いてらっしゃる、ドロレスさんですよね。一度、宿でお見かけしたことがあります。」
奥さん、随分素直に着いて来てくれたと思ったら、どうやら私の人間的魅力に惹かれたわけではないらしい。