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ヴァンが話し続ける。
「僕の母は、ある国の国王の3番目くらいの側妃だったんだ。今じゃとっくになくなってる国だけどね。国王との間に生まれた僕は、第二王子だったのさ。」
なるほど、プリンスはそこから来てるのね。
「側室とはいえ、身分も大したことなくって、後ろ盾も弱かったしね。僕が生まれた頃から、国王の御渡りも減ってきて、随分焦っていたらしいんだよね。
男の子を産んだとはいえ、生まれつき体も弱くて、王太子の後釜になれるほどの器じゃないし、そもそも王子として認識されてなかったんじゃないかな。そんな王子の母親だからって誰からも相手にされてなかったんだよ。
で、僕が12歳になった頃、喘息がひどくなって、もういよいよダメなんじゃない?って医師に言われたらしいんだよね。」
私はゆっくり声を掛ける。
「辛いかい?無理して詳しく話さなくても大丈夫だよ?」
ヴァンは首を横に振る。
「母は、そこで一計を案じたんだよ。とりあえず僕を死なさずに、何とか自分の行く末をどうにかしなくっちゃってね。
で、考えたのが、僕を吸血鬼にして、死なせない、その間に、国王の気持ちを取り戻してみせる!弟か妹だって生まれるかもしれないってね。
もっと健康な子供を産んで、安泰な生活を得るのを狙っていたのかもね。」
「ヴァン、随分ひねた見方だけど、案外お前のことが可愛くて、死んでほしく・・・なかったとか?」
母親というものにあまり絶望してほしくなくて、ちょっと無理な言い訳してみた。
ヴァンは、ニヤッとして、核心をついてくる。
「そんな幻想は抱いてないよ。医者を呼んでも、僕の病床に送り込むより、国王に使う媚薬の開発させてた女だからね。」
ダメか。話の方向をちょっとだけ変えるために質問する。
「で、どうやってタークィン先輩を騙したの?」
ヴァンが思い返すように空中を見つめながら話す。
「どこで見知ったか知らないけど、母は、先輩が吸血鬼だってこと調べあげたんだよ。そいで、利用しようと考えたんだね。いや、逆か。吸血鬼の存在を知って、この計画をたてたんじゃないかな。
まずは、タークィン先輩の魅了にやられたってフリして、毎晩のように先輩のところに通ったんだって。先輩も、まあ、ちょっとイかれてたんだと思うけどね。側室が王宮を抜け出して毎晩通ってくるなんて危ないこと許しちゃったんだから。
ま、とにかく、母にすっかり丸め込まれちゃってた訳さ。で、ある晩、殴られてボロボロになった母が、同じく死にそうな僕を抱えて、先輩のところに逃げ込んだのさ。『国王にバレた。私もこの子も殺される。いや、この子はもうダメだ。この子に逝かれたら、私も生きてはいけない。どうにかして!』ってね。
あとで先輩は、目の前で消えて行く生命を見て、思わずやっちゃった、っていってたけどね。」
なるほど、それがヴァンの吸血鬼としての生誕話なのね。先輩も罪作りなことをするもんだ。
「僕が吸血鬼になったら、母はすぐに僕を連れて王宮に戻っちゃったんだって。国王にバレたとか、殺されるとかは、嘘だよ、って言ってね。」
うわ、すごい。
「でもさあ、そんなのうまく行く訳がないじゃん。僕は一時的に元気になったけど、血が必要だし。母が手配して、乳母や侍女から少しずつもらってたけど、人の口に戸は立てられない。1年もしないうちに、僕が吸血鬼だってことはバレちゃって、国王に、『この忌まわしき、邪悪なものめ!』って言われちゃったよ。」
母親が最低なら、父親も・・・いい勝負だね。少しは自分の子に対する親愛があってもいいんじゃないの?
しかもこの子はこんなに・・・かわいいのに、と私は心の中で呟く。
「母は『知らないうちにこうなってた』って言い訳してたけど、結局二人とも国王に捕まって、死刑にされるとこだったの。
母が『私は陛下とともに生きる、死にたくないから、私も吸血鬼にしろ』って、いうからさ・・・希望通り母から思いっきり血を吸って・・・吸血鬼になって蘇った瞬間に、杭で刺し殺したよ。」
ちょっと待った!今何てった?
「殺した?!」
「うん。」
「あんたが?」
「うん。」
「どうして?」
「あんな自分しか愛してない母を吸血鬼にすると、自分の欲望だけでどんどん犠牲者を増やすから、絶対に吸血鬼にしちゃだめだって、先輩に言われてたの。」
タークィン先輩!なんてことをヴァンにさせたんだい!
「城に密かに忍び込んできた先輩が、自分のやったこと、母のやったこと、これからどうなるか、吸血鬼の殺し方、全部教えてくれたんだ。
だから・・・そうなったら、母を殺さなきゃいけないことはわかってたんだけどね。」
こんな小さな子に何をさせる!私は怒りで思わず声を荒げた。
「何で自分でやらないの!タークィン先輩がやりゃあいいじゃない!」
ヴァンがうっすら微笑みを浮かべる。
「先輩は人間を殺さないよ。吸血以外の目的で人を傷つけることは先輩の中の何かが終わってしまうからなんだって。」
なんて中途半端な。食べる目的以外に狩をしないとかそういうやつ?どこまでカッコつけてんだ!でもね、子供のためなら、なりふり構わず牙をむかなきゃならないこともあるはずだ!
「そんなへ理屈はいらないね!騙された先輩が自分でカタを付けなけりゃならなかったはずだよ!子供に親を殺させるべきじゃない!」
ヴァンが遠い目をしている。
「杭で胸を貫くと、吸血鬼って、一瞬にして灰になるんだよ。
母の胸に杭を突き刺した時、僕は母の目を覗き込んだんだ。怒ってるかなー、と思ってさ。でもね、母の目には何も写ってなかった。口が開いたと思ったら、『陛下・・・』って、それだけ。
最初から最後まで、母には陛下しかなかったんだろうね。
でもさ、どんなにめんどくさくても、母は、僕のことを殺そうとはしなかったけど、僕は・・・母を殺すのをためらわなかったよ。僕にも何か人間として欠けるものがあるんだろうね。」
いや、あんたは人間じゃないし。吸血鬼でもないし。 子供なんだよ。親から愛しまれるはずの子供なんだよ。親にないがしろにされた時は怒っていいよ。
私は両手を広げて、ヴァンを抱き込んだ。
ヴァンはついでに食事を取ることにしたらしい。
かぷ。