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夜になると、ヴァンがいつものようにやってきた。暇を見て、女将さんから入手した情報をヴァンに伝えると、しばらく彼は首を傾げて考え込んでいた。
「本当に先輩なのかなぁ。今までずっと先輩が女性達を呼び集めるとこ見てきたけど、なんか、みんな、すーっと寄ってくる感じなんだよね。女性と目が会うと、こう、吸い込まれるように一緒になって、離れなくなるんだ。先輩が女性を探し回ったことなんてないよ。」
魅了ってそういうものなのね。
「先輩を目撃したって人に話を聞くことができないかなぁ。」
うまくタークィン先輩を見つけて疑惑を晴らしたら、ヴァンを引き取ってもらえるかもしれない。うん、なかなかこれは良い案だ。
私は女将さんに、怪しい男を見かけた人に話が聞けないか、相談した。少しでもいなくなったヴァンの姉を探す手がかりが欲しい、と言ったら、二つ返事で調査を引き受けてくれた。行商人達に問い合わせくれるらしい。
数日後、首を振り振り女将さんが話しかけてきた。
「ドロレス、例の怪しい男の目撃者だけど、今はこの辺にいないらしいよ。すぐには話は聞けないんじゃないかねぇ。」
女将さんは残念そうだ。
「結局誰なんです?その目撃者って。」
私も事件の進捗が遅いことを残念に思いながら女将さんに問いかけた。
「行商人によると、この辺り一帯で、仕事の世話をしてる口入屋らしいよ。あちこち回ってるから、なかなか捕まらないんだとさ。だけど、勤め先を探している人たちに毎日のように会いに出かけるから、怪しい男を見かけたんじゃないか、って行商人は言ってたよ。」
口入屋ねぇ。どっかでそんな話を聞いたような。ああ、アグネスさんだ。やだなぁ。胸騒ぎがする。
女将さんに急いで聞いてみる。
「口入屋ってどこかに家とか事務所とかないんですかね。そこに行けば会えないかしら。」
「ジョージタウンを寝ぐらにしてるって話だったけど、ここから辻馬車でも2日はかかるよ。行っても会えるかどうか分からないしね。手紙かなんかで問い合わせたらどうだい?後で住所を聞いといてあげるよ。」
そう言われて、それもそうだと納得した。確かに、そんな曖昧な話を聞くために何日も家を空けられない。その間のヴァンの食事も心配だ。
諦めて、食堂で出す食事の準備を始めた。
+ + +
仕事を終えて、ヴァンの手を取り、家に向かった。月もない闇夜だが、ヴァンが夜目が効くので、手を引いてもらえば安心だ。
道道、女将さんから聞いた話を元に、これからのことをヴァンと相談する。
口入屋の話のところで、ヴァンの足が止まった。偶然にもそこは私たちが初めてあった、切り株のところだった。
ヴァンがあの夜と同じように、私も切り株に座るように身振りで示したので、私も木に腰掛けた。
ヴァンは私の方を見ない。
「僕は行くよ。口入屋を探しに行く。ドロレスにも一緒に来て欲しい。ドロレスなしでは僕は長く生きられないし。他の人たちを襲って生きながらえるのはやりたくないんだ。」
私もヴァンの方を見ずに、地面を見つめている。ヴァンに罪を犯させるのは私の本意ではない。この子が死んでいくのを黙って見過ごすことができないぐらい、情はある。だけど、この話は随分曖昧で、今いるこの居心地のよい場所を離れて、戻れなくなるリスクを負うほどのこととは思えなかった。
いずれは手放さなくてはならないこの場所を、自らの手で、さらに短くしなくてはならないのは辛かった。もう少し、もうちょっとだけ、ここにいられないだろうか。
「どうして?タークィン先輩を見つけたいから?見つけられるかどうか分からないわよ?見つけてもヴァンのこと、受け入れてくれる?」
私は何とか避けられないこの村との別れを遅らせようとする。だが、ヴァンの声には決意が込められていた。
「先輩は吸血鬼仲間の反対を押し切って、僕のことを400年も面倒みてくれた。先輩が危険な状況にあるのなら、僕が助けなきゃ。」
もうちょっとだけ。
「でも、先輩はあんたを連れて逃げてくれなかったんだろう?足手まといになるからって、置いていったんだろう?」
ヴァンがフッ、と息を吐いたのが感じられる。
「足手まといっていうのなら、僕は吸血鬼になった時からずっと足手まといだったよ。でも先輩は僕を見捨てなかった。今回の件は・・・多分、危ないから僕を連れて行くのをやめたんだと思うんだ。僕の面倒は、村人達が押しかけてこなければ、館の女の人たちが見てくれたろうからね。
先輩は僕を安全なところに置いて、危険なことに飛び込んだんじゃないか、って思ってるんだ。そういう吸血鬼だよ、先輩は。」
吸血鬼が陥る危険ねぇ。どんなものなんだろうか。だけど、もうヴァンを揶揄できない。
「アグネスさんも同じようなことを言ってたからきっとタークィン先輩は、そんな吸血鬼なんだろうね。だからこそ、先輩のためにヴァンが危ないことに首を突っ込むのは、先輩の本意じゃないと思うよ。
ヴァンを吸血鬼にしたのだって先輩だろう?ヴァンの面倒を見たのだって、その償いなんだから。そんなに負い目を感じる必要はないんじゃないかい?」
ヴァンを言いくるめることはできないだろうな、とは思ったけれど、試してみずにはいられなかった。
「先輩のせいじゃないよ。先輩は、僕の母に騙されて、死にかかってた僕を吸血鬼にしたんだ。僕はとっくに死ぬ用意は出来てたのに。」
・・・それはね、私もだよ。