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「おや、今朝は早いね。」
女将さんが、集めたシーツを運びながら、私の方を驚いたように見た。
「はい。もし女将さんの手が空いたら、ちょっとご相談させていただきたいと思って。」
私の真剣な様子に、女将さんが足を止めた。
「ヴァンに何かあったのかい?」
いの一番に子供のことが気になるのがこの人のいいところだ。
「いえ、ヴァンは元気です。ただ、ヴァンの姉にあたる子に、ヴァンのことを相談しようと、連絡をとったんですが返事がなくって。手紙を託した使いの人が、そんな人いなかった、っていうんですよ。真面目な子だから何もいわずにいなくなるなんてことは考えられないんですけど・・・」
ごめんなさい、女将さん。勝手にヴァンの姉を作り上げました。
女将さんが、眉をしかめる。
「いやだねぇ。最近よくそういった話を聞くんだけど。一体どうなってるんだろう。」
女将さんがシーツを足元に下ろし、私を見返した。
「6マイルほど離れた村の私の知り合いの奥さんが、やっぱり働きに出た娘さんと連絡が取れないって言ってるんだよ。仕事の世話をした人に連絡を入れたら、仕事先で知り合った若い衆といい仲になって、主人に咎められて駆け落ちしたって言われたらしいのね。
でもねえ、そんなことする子じゃないって、奥さんは言い続けてるんだよね。私も全く知らない子じゃなくてね、親を置いて駆け落ちするような子には思えないんだよ。」
変だ。
私は女将に疑問をぶつけた。
「たとえ駆け落ちして勤め先からいなくなったとしても、親元に戻らない理由があるんでしょうかね?」
女将さんが頰に手を当てて考えこんでいる。
「ないと思うよ。いい年頃だから嫁にやっても問題ないし。相手が酷い奴だったとしても、だよ、まだ親に会わせないうちから逃げ出すことはないだろうよ。
男に騙されて、どっかに売り飛ばされたかもしれない。その可能性はあると思うんだけど。でも奥さんが雇い主に男の話を聞きたいと世話人に言っても、高貴な方に迷惑が掛かるって、名前も教えてもらえないんだと。」
私たちの間にはしばし沈黙が流れた。
「奥さんのところだけじゃない。この近辺の村々や街からいつの間にか若い女性が消えたって話を結構耳にするんだよ。年季があけても戻ってこないから、問い合わせたら、遠くに嫁にいったって、言われたり、手癖が悪いから首にしたって言われた人もいるらしいんだよね。
家族が尋ねて消息のわからない子がこれだけいるんだ。身寄りのない子や縁の薄い子だっているんじゃないか、そういう子がいなくなっていたらって、私たちには到底わからないよね。本当のところ、気が気じゃないんだよ。」
そういうと、女将さんは大きくため息を吐いた。
私は、
「何か手がかりはないんですか?」
と、聞いてみた。
「ここから3日ばかり東へ行った街に、怪しい奴がいたらしいのよ。行商人から聞いたんだけど、そいつは大して風采も上がらないのに、結構若い女にモテて、随分な数の女性を囲ってたらしいのよね。」
お、タークィン先輩だ。
「風采が上がらないって・・・」
女将さんが肩を竦める。
「いや、なんでも青白い顔のひょろっとした、なんでこんなのに女が集まるの?って感じの男らしいよ。商人らしくて、金はあったんだろうけどね。その金に飽かせて好きなことしてたらしいね。
この男が怪しいとみた街の人たちが館に踏み込んだらしいんだけど、男はすでに逃げ出していたんですと。」
ふむ。それは既にヴァンからもアグネスさんからも聞いている。タークィン先輩の名誉のため、話をそれとなく有利な方向に持っていった。
「囲ってた女性たちはみんな無事だったんですか?」
女将さんが、
「そうらしいよ。それぞれ自分のところに戻っていったらしいからね。」
と、返事をする。
「だとしたら、変な話ですね。囲ってた女性達は皆無事で、その裏で同じような若い女性をどうにかしていたんですか?囲ってた女性達は何といってるんですか?」
女将さんは、顎を掻きながら、考え込んでいる。
「女性達は皆、若い男は何もしていないし、行方不明の女性なんか見たことない、っていってたらしいね。変だよねぇ。まあ、惚れた弱みなのかもしれないけどねぇ。」
そう言いつつも、自分でも信じていないようだ。私はもうひと押ししてみる。
「そんな大勢の女性達が、口を揃えて嘘いいますかねぇ。ただの女たらしに見えますけど。その若いのが疑われた理由って、そうやって乱れた生活してたからだけなんですか?」
女将さんの顔が真剣になった。
「いや、その若い男をこのあたりの村や街で見かけたっていう話があってねぇ・・・若い女がいないか、探ってるらしいんだよ。そうなると、随分怪しいだろう?」
うっ。そりゃあ怪しまれても仕方ないよ、先輩。