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手を繋いで私の家に戻る。と言っても大家の家の地下にある部屋に間借りしているだけだ。明かりを取るための小さな天窓はあるが、高すぎて景色は見えない。まあ、寝るだけの部屋なので、どうでもよい、と借りたのだ。台所もない。今は宿屋の食堂で働いているので、食事はほとんどそこで済ましている。
明日の仕事のために、私は早々に寝床に着いたが、ヴァンは、夜行性らしく、珍しそうに部屋を見て回ったり、暗闇の中で一人でごそごそ遊んでいた。夜目が効くのだろう。しばらく観察していたが、私は眠りに落ちてしまった。
朝日とともに目がさめると、ヴァンがいない。慌てて探すと、ベッドの下の暗がりで丸くなって寝ていた。どうやら太陽光線が苦手らしい。こんな埃っぽいところで寝かせるのも気の毒だ。どこかで棺桶を入手することも考えた方がよいのかしらん。
仕事に行ってくるという置き手紙をして、私は身支度を済ましてさっさと出かけた。どうせ夜になるまで起きては来ないのだろう。
宿で仕事をしていたら、日が落ちた頃、ヴァンがやってきた。
宿の女将さんが、
「誰だい?」
と、聞くので、最近親を亡くした親戚の子で、しばらく一緒にいて面倒を見るつもりだと言っておいた。
珍しくない話らしく、女将さんは、
「へぇ。」
と納得してくれた。おまけに仕事に差し支えがないのなら、別に連れてきてそこらへんで遊ばせても構わないとまで言ってくれた。とはいえ、日中は連れまわすことも出来ない。
女将さんは、ヴァンを見ながらちょっと目を細める。
「血の繋がりはあるのかい?なんだか随分高貴な生まれに見えるけど。」
と、聞いてきた。血の繋がりとは、また微妙だ。あると言っちゃあ・・・あるのか。
「死んだ亭主の繋がりです。」
似ていないので、そう答えておいた。
+ + +
ヴァンが私の血を吸うのは、3日に1回、私の寝る前だ。そのまま寝てしまえるので、このスケジュールにした。子供用の棺桶は怪しまれるので、簡単な木箱の荷物入れを購入して、ヴァンは日中その中で寝ている。起きたら私の仕事場に迎えに来て、少々遊んで一緒に帰る、という流れだ。
ヴァンをどうするか、という問題に解決の決め手のないまま、なんとなくこうなった。とはいえ、夜しか活動しない子供なんて、すぐに、不審がられるだろう。いつまでもここにはいられない、どうしようかとずっと考えてはいた。
そんなある日、いきなりヴァンに声が掛かった。
「プリンス!」
宿に泊まっていた、若い娘さんだ。匂い立つような色気があるということは、10代ということはないだろう。ヴァンのことをプリンスと呼ぶということは、彼が吸血鬼だということを知っているのか?
ヴァンが飛び上がって、娘さんに抱きついた。
「アグネス!久しぶり!元気だった?」
アグネスさんが、ヴァンを抱き返す。
「私は元気よ。プリンスこそ大丈夫なの?ちゃんとご飯食べてるの?」
ヴァンが嬉しそうに、私を振り返り、
「うん!大丈夫。今はドロレスが面倒見てくれてるから。」
と、アグネスさんに報告した。
アグネスさんは、なんとも複雑な視線を私に送ってくる。それを見ていて、ああ、この娘は、先輩のハーレムのメンバーだったのだ、と、気がついた。