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このニコニコ顔の子供をどうしてやろう、と考えている。勝手にご飯にされても困るし、そう何度死んでやる義理もない。だが、子供に向かって口汚く罵ることも憚れる。考え込んでいると、子供が、自分の座っている木の切り株から少し体をずらして隙間を作り、隙間をトントンと手で叩いた。どうやら、いつまでも地面の上に寝転んでいないで、ここに一緒に座れ、という意味らしい。
畜生。かわいいな。
ノロノロ起き上がって、子供の隣に座る。10歳ぐらいだろうか。肩の上で切りそろえた金髪。青白い顔に輝く湖のようなきらめきを持った青い瞳。ただ、唇に血の気はない。
足をぷらんぷらんさせながら、隣に座った私の二の腕に、こてっと、頭を乗っけてくる。
本当にかわいい 。だが、普段なら感じられる、子供特有の体温の温もりが全く感じられなかったので、我に返った。
この子は吸血鬼なのだ。
「あんた、親とかいないの?一人で暮らしてるの?家は?」
毎度食事にされるのもごめんだが、子供を一人でほっとくこともできない。何かこの子を放り出せる方法がないか、探りを入れることにした。まあ、吸血鬼の親とか、親子とか、ちょっと想像できないのだが。
子供の足が止まる。
「吸血鬼になる前には親がいたけど、どっちもとっくの昔に死んでるよ。普通の人間だったからね。今までは僕を吸血鬼にした先輩の吸血鬼が僕の面倒を見てくれていたんだけど、身の回りがやばくなったからって、数ヶ月前に逃げ出していったんだ。その時、僕のこと置いていったの。もう義理は果たしたって。あとは自分で血を探せって。だからドロレスを探したの。」
どうして子供の話っていくら聞いてもよくわからないんだろう。じゃあ、まず、血の入手方法からだ。私を当てにしてもらっても困る。他の方法があるなら採用したい。
「その先輩、どうやってあんたに血をくれたの?」
やり方を探るために子供に問いかけた。
子供は素直に返事をする。
「吸血行為は性行為と同じなんだ・・・」
この瞬間、私は切り株からずり落ちそうになった。
子供のくせに、なんてことを!だが、彼は普通に話し続ける。
「大抵の男性吸血鬼は、若い女性を沢山誘惑して、虜にしてる。ハーレム作って、みんなからちょっとずつ血をもらうんだ。女性の吸血鬼は男性を囲ってるけどね。吸血鬼は人間を魅了する力を持っていて、相手を性行為の時のように、夢中にさせておいて血をもらうんだ。
でも、僕は小さすぎて、魅了の術が使えないんだ。だからいつも、先輩のハーレムからおこぼれもらってたんだ。」
いや、わかったから、その「性行為」という言葉を使うのはやめてほしい。あんたの口から出てくると、心臓に悪いよ。
子供の周りを成人女性が何人も囲んでハーレムを作っている姿を想像して、げんなりした。
「そもそも、そんな小さいのに、なんで吸血鬼なんかになったの?不便でしょうに。」
子供は眉を八の字にして、唇を噛んでいた。なんだか言いたくないようだ。
「先輩は騙されたって、言ってた。でも、吸血鬼にした責任はあるから、って、一応、殺さずに、今までは面倒みてくれてたんだよね。」
吸血鬼に良心があるかどうか知らないが、この幼い子を殺せる根性があるとは、到底思えない。少なくとも私には無理だ。
「でもやっぱり、僕は魅了の術が使えないから、どうやったら、人を殺さずに血を飲めるかな、と考えてて、ドロレスのことを思い出したんだ。不老不死のドロレスをね。これなら僕でも殺さずにいけるかな、と、思って。」
やれやれ。
「よく私のこと見つけられたね。」
子供の困った顔がいきなりニコッとした。
「吸血鬼の仲間では有名な話だもん。場所はなんとなく聞いてたよ。それにずっとドロレス、名前変えないから。なんで?」
ひょっとして、どこかで、生まれ変わったジェイコブや子供達が気がついてくれるのではないかと、密かな希望を持っていて変えられなかったことは内緒だ。
「別に理由はないよ。めんどくさかったからかね。
そういや、名前といえば、あんたにもあるのかい?」
「うん。僕は、プリンスって呼ばれてるよ。」
いや、それはシャレにならない。国王や王子のいる世界で、その呼び名はやめようよ。
「プリンスは敬称だね。なんか名前はないのかい?人だった時の名前は?」
「覚えてない。もう随分昔のことだもん。」
「そんなに昔なの?」
「うん。僕はドロレスより年上だよ。」
うわー、400年生きてきて、そんな年寄りに会ったのは、初めてだよ。