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カプッ
うわっ、何?と思っていたら、
ちゅく、ちゅく、ちゅく、
と、首筋から血を吸われる音?がする。慌てて、抱き上げた子供を放り出そうとしたけれど、思いの他しっかり私の肩に手でしがみついている上に、足は私の腰に回っている。ダメだ、離れない。
両手で子供の両腕を掴み、もぎはなそうと苦戦しているところで意識が途切れた。
あっ、死んだな。
真っ暗。
+ + +
目が覚めた。地面からゆっくり起き上がると、小首をかしげながら、こちらを見ている子供と目が合った。
さっき見た時より、心なしか血色も良くなっているし、元気そうだ。
夜、仕事から帰る途中、暗闇に座り込んでいる子供を見かけたので、思わず声をかけたのだ。こんな暗いところで、子供が一人何してるんだろう?木の切り株にちょこんと腰掛けて、静かに肩で息をしていた。
一度でも母親をしたことがあれば、どうしたってこんな姿の子供を見かけると気になるってものだ。
子供に、弱々しく手を伸ばされて、抱き上げたのが運の尽き、としか言いようがない。首筋をガッツリやられた。
起き上がった私と子供のにらみ合いが続いた。
「あんた、吸血鬼だよね。」
沈黙に耐えかねて、私が問いかけると、子供がコクリと頷く。
「うん。ドロレスは?血を吸いたいとか思う?」
いやいや、とんでもない。そんな習慣はございません。
「なんでさ?そんなこと思ったこともないね。」
そういった途端、子供の顔が、パッと明るくなった。
「成功だ!」
何がだ?
「なんで私の名前知ってるの?」
どうやら順を追って質問していかないと、ことの次第が判明しないようだ。まずは、この子は一体何者で、なぜここにいるのだろう。
「僕ら吸血鬼仲間では、ドロレスは結構有名だよ。ずいぶん長いこと生きてるし、かといって吸血鬼じゃないようだし。何者なんだろうって、数百年前から、ちょっと気にしてたんだ。どうやらただの人間だけど、死なないし、年取らないんだなって。そうなんでしょ?」
ええと、順番がめちゃくちゃになった。ままよ。
「吸血鬼仲間って、吸血鬼ってそんなにいるの?」
「うん。あんまり増えすぎないように、お互いに牽制しあってコントロールしてるけどね。」
わけがわからない。
「増える?」
子供はにっこり、嬉しそうに返事をする。
「うん。吸血鬼が血を吸うでしょ?吸いすぎて相手を殺しちゃうでしょ?そうすると、死んだ相手は吸血鬼になって蘇るの。」
うわ、一人の吸血鬼から鼠算式に増える吸血鬼を想像して、気分が悪くなった。
「でも、毎度毎度食事の際、吸血鬼を増やしちゃったら、人間なんてすぐにいなくなっちゃうでしょ?だから、相手を殺さないように、一人の人からちょっぴりづつ血を吸うように皆心がけているし、殺さないようにしてる。吸血鬼を増やさないよう、吸血鬼同士で、監視し合ってるんだ。」
人様を食事呼ばわりは置いとくとして、さっき私の血を思いっきり吸わなかったっけ?
「ドロレスからは、目一杯頂いちゃったけど、思った通り、吸血鬼にはならなかったね。人間のままだ。」
そう嬉しそうに話す子供の手元を見ると、切っ先の鋭く尖った木の杭と、木槌を持っている。
私の視線に気がついて、子供も木の杭に目を落とす。再び顔を上げると、
「えへへ。」
と、笑った。
「もしドロレスが吸血鬼になって戻ってきたら、勝手に吸血鬼を増やせないから、これでぐさっ、と、するつもりだったんだ。」
そうかい。吸血鬼になっていたら、死ねたのかい。そりゃ残念。
「実験成功だよ!いくら血を吸ってもドロレスは死なない、吸血鬼にならない。人間のまんまだ。僕はいつでもドロレスから血をもらえる。ドロレスと一緒にいる限り、僕はお腹が空くことはないんだ!ドロレスを見つけられてよかった!」
え?つまりは、あんたは私を常備食にするために探してたの?