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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
薬師の娘
35/92

13 アナ・ハーツディル公爵令嬢 (4)

ライラの腕の中でいつの間に眠っていたのだろうか。


あんなに眠れなかったのに、ぐっすり寝入っていて、ビショビショに濡れた女性と、影さんにゆり起こされて目が覚めた。


女性が、


「あんた達と来たら・・・私がこんなに苦労して崖をよじ登ったというのに・・・引っ張り上げてくれてもバチは当たらないと思うけど!死ぬ思いしたわよ。」


と、呆れている。どうやらライラも一緒になって寝ていたようだ。


ライラはニヤっとして、


「ドロレスは、もうそろそろ死ぬ思いに慣れてもいいんじゃない?」


と言いながら、伸びをしていた。


あ、どこかで見た覚えがあると思ったら、この人ライラさんのお父さんのところで会った人だ。助手さんだったっけ。ドロレスさんというのか。


どうやらこの人が私の代わりに崖から飛び込んだらしい。一体どうしたらあの高さから飛び込んで生き残れたんだろう?


後ろ姿とはいえ、彼女が私の身代わりをして気付かれなかったというのは、いささかショックではある。まあ、ちょっと距離があったから、と自分を慰めてみる。


ライラが影さんに問いかけている。


「御者達は?」


影さんが、


「えらく苦労して、時間もかかったようですが、ようやく馬車を起こして、王都に引き返して行きましたよ。」


と、答えた。


ライラがどうやらこの、「アナ・ハーツディル奪還計画」の首謀者らしい。この場を取り仕切っている。私の方を振り向いた。


「アナ、貴方は死んだことになってるから、修道院は無しね。影に頼んで、隣国に送ってあげるから、しばらく隣国で大人しくしてるのはどう?なんなら家の父さんのところで肌を綺麗にしてもらうとか?」


私はまず、一番気になっていることをライラにお願いしてみた。


「父と母には私が生きていること、伝えたいのだけれど。もし、私が死んだと聞かされたら、両親は・・・特に母は生きてはいられないかもしれない。今回の修道院送りも、いずれは父が私を取り戻すという約束で、ようやく納得してくれたの。どうにかできないかしら。」


ライラが首をかしげる。


「アナが死んだという一報は、公爵家にすぐに届くと思うわ。残念だけど、その連絡だけは、ご両親には、そのまま受け止めてほしいの。お芝居ではなく、アナが死んだということにショックを受けてほしいから。


ごめんね。私たちが生きていることを今知られる危険性はなるべく潰したいの。」


それはわかる、わかるけど・・・


ドロレスさんが声をあげた。


「でも、アナ様の死のニュースでショックを受けた公爵家から死者が出たりしたら、ジェレマイアさ、ジェレマイアの思う壺ですよ。ハロルド様もこれ以上犠牲者が出たりしたら、隠遁生活を送り始めるでしょうね。そこを考えると、アナ様の死の一報は仕方がないとしても、すぐに、訂正の連絡は公爵家に入れないと。


ね、ライラさん、そうしましょう?」


どうやらドロレスさんは、ライラの扱いをよくご存知らしい。ライラが考え込んでいる。


ライラは顔を上げて私をまっすぐ見た。


「どう?ご両親は、信用できる?ジェレマイアにバレないよう、貴方を失った悲しみに暮れる、とかの芝居ができそう?


そもそもハーツディル公爵はジェレマイアのことどう思っているの?」


私もライラの瞳を強く見返す。今度は間違えない。


「父も母も、ジェレマイアの正体を見破っているわけではないわ。でも両親は、公平な人たちなの。私たちの婚約が政略結婚に向けてのものだったとしても、ジェレマイアが私のことをずっとぞんざいに扱ってきたし、敬意を払わず、冷遇してきたと思っているのよ。そして今度の婚約破棄と不敬罪。どこから不敬罪が来たのか、ジェレマイア殿下のやり方に、酷く不快の念を抱いているわ。


私は何度も婚約の解消を父にお願いしていたし、父も以前から、国王に、私が王太子の妃としての器はないので辞退させてほしいと申し出ていたのよ。


だけど彼の冷酷さや、残虐性には気がついていないと思う。ジェレマイアは巧妙に隠してきたから。


むしろ、兄のリチャードの方がジェレマイアの行動に疑問を持っていると思うわ。まだ子供だったジェレマイアがなんの躊躇もなく野良犬を蹴り殺したのを見たことがあると、教えてくれたことがあるの。ハーツディルは、決してジェレマイアを額面通り受け取っていないわ。


何より、父も母も貴族なの。何を思っていても、仮面を被って、演技をすることぐらいできるわよ。」


ライラは私から視線を外すと、影さんの方を見た。影さんが、私の言ったことをすべて肯定するように頷いた。


やだわ。ライラったら、私の言う事をそのまま受け取ってくれるわけじゃないのね。


「ライラ!私の言うこと信じてくれるわよね!」


ライラがちょっと困ったように首を傾げた。


「信じないわけじゃないけど、ジェレマイア相手だもの。何重にもチエックしないとね。


しばらく前からアナとハーツディル家のことは影に調べてもらってたのよ。そうでなきゃ、こんなにうまくアナが護送される馬車に乗り込んだり、護送ルートを調べてここに誘導したりは出来なかったわ。影の仲間たちがこの地点に到達するまで、何気なく出没したから、ここまでアナは襲われなかったのよ。


何はともあれ、影のハーツディル家に対する評価も貴方と同じみたいね。じゃあ、ハーツディル公爵に、貴方が生きていることは伝えてもらいましょう。そしてそのことは決して口外せずに、葬儀をしてくれるように、とね。」


また影さんが頷いたのを見て安心する。ライラの気が変わらないうちに・・・


「影さん、ナイフをお持ちですか?貸してください!」


私は影さんからナイフを借りると、直ぐさま自分の髪を引っ掴み、バッサリと肩のところで切り落とした。


ライラが、


「生きてる証拠なら、一房でいいでしょうに・・・」


と、呆れたように呟いた。自分の髪を見ていってほしいものだわ。ライラだって短く切りそろえているくせに。


ナイフと髪を影さんに渡すと、ライラに向かって、


「貴方の髪は何で染めてるの?私も染める!」


と、勢い込んで尋ねた。ライラが自分の髪の毛をくしゃくしゃさせながら、


「靴墨よ。」


と返事をする。


「私にも頂戴。ライラはこの国に残ってジェレマイアに挑むんでしょう?私も一緒に戦うわ。」


ライラに宣言した。


「手伝っていただけるのはありがたいけど、アナは情報提供してくれるだけでいいのよ。今は、王宮内外で仲間を増やそうとしてるの。ジェレマイアに脅されている人や、アナのようにジェレマイアの正体に気がついている人。そう言う人の心当たりを教えてくれれば、私がアプローチする。アナはこの国にいる必要はないのよ。手助けは隣国からでもできるわ。」


とライラが主張する。けれど私は引っ込んでるつもりはない。


「お言葉ですけど、貴族たちが貴方の言うことを聞くとは思えないわ。自分の評判を思い出して頂戴。脅されてる人に思い当たる節はあるけど、その人たちに近づくのは私の仕事よ!」


影さんは笑いをこらえているし、ドロレスさんは、呆れたようにライラを見ている。


ライラがため息をついた。


「死んでることになってるから評判云々を今更言われても仕方がないんじゃないかなぁ。でも幽霊だとしてもアナの方が信用度が高いわね。


危険はあるわよ?大丈夫?」


私は返事の代わりにライラに抱きついた。


ライラが、仰け反りながら、


「まあ、本当に危ないことは、ドロレスがやるんだけどね。」


と、言う。


思わずドロレスさんの方を見やると、やれやれ、という顔をしていた。


ライラが真剣な顔をして、私を見つめる。


「一つだけ条件があるの。貴方の持っているその指輪、私に頂戴。その指輪お父さんの渡した毒入りでしょう?貴方の覚悟はわかるけど、どんなに苦しくても、使わないで。いえ、使わせないわ。決して貴方をそんな風に追い詰めさせたりしないから。」


そう言われて、小指の小さな指輪を思い出した。そっと指輪を外しながら、私もライラに宣言をする。


「私のことをこんなに考え、愛してくれる人たちがいるのよ。私は絶対に死を選ばない。」


そう、私の中のジェレマイアに愛されたいアナは完全に死んでしまった。ここに残った私は、もう、愛されたい人たちに、十二分に想われているのだから。

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