11 アナ・ハーツディル公爵令嬢 (2)
横倒しにはなったけれど、体はどこも酷くぶつけなかった。ちょっと驚いたけれど、五体満足、どこにも異常はなさそうだ。
ライラは、というと、もう起き上がっている。ライラが手を伸ばしてきたので、その手に捕まって、私も立ち上がる。
バタン。
頭上のドアが開いて、いきなり光が入ってきた。驚いて仰ぎ見ると、光の真ん中あたりに男性の顔がある。
一緒になって見上げていたライラが顔を下ろして私の方を見た。ちょっとだけ手を伸ばして、私の顔に触る。
「うーん、酷いわね。お父さんがあげた薬飲み続けてるでしょう。あんなに綺麗な肌だったのに・・・薬やめたら、すぐもとに戻るかな。」
褒められたのが嬉しくって、ちょっと笑ってしまった。
「この肌のおかげで、殿下に婚約破棄してもらえたんだから、そんなに悪いことじゃないのよ。」
私がそう言うと、ライラの目が細まった。
「アイツが全てを知っている貴方を、そんなに簡単に解放するとは思えないけどね。」
そういって、ライラは私の頭巾と肩掛けを外し、自分のも一緒にして座席の下に放り込んだ。そして、念入りに座席の横板を閉めている。
ライラがまだ何かを説明しようとしているのに、頭上から声がした。
「お嬢さん方、ゆっくりお喋りしてる暇はありませんよ。いつ御者達が起き出してもおかしくないんですから。早く出てきてください!」
腕が、にゅっと出てきたので、ライラが私を促して、その腕を掴み、先に外にでようとした。このところよく眠れなくて、体力が落ちているせいか、なかなか上にあがれない。しまいにはライラにお尻を押されてしまった。
ようやく馬車から出て、地上に降り立ち、荒い息をしていると、ライラがヒョコ、ヒョコっと身軽に降りてきた。
馬車が横転して、二人の御者達も投げ出されている。気を失っているのだろうか。
ライラが片眉を上げて、私たちを助け出してくれた男性に問いかけると、男性が、
「大丈夫。ハロルドさんが調合した眠り薬で寝てるだけです。吹き矢でやったんで、何が起きたかわかってないでしょうし、もう5分もしたら目をさましますよ。
それまでに、あの土手の上へ逃げてください。土手の上に、カモフラージュ用の緑の毛布が置いてあります。それを被ってじっとしててください。薮の後ろになってるし、見つからずに一部始終が観察できる場所ですから大丈夫。いいですね?
私はこれからドロレスさんと合流して、追っ手を引きつけるタイミングを合わせますから。」
そう言うと、男の人は海に向かって突き出ている崖の方に向かって走っていった。
何が起きているのか本当にわからない。ライラを見ると、私を安心させるように、
「計画は全部把握してるから大丈夫よ。あ、今の男は、隣国の影をやっている人なの。今回の『アナ奪回計画』を手伝ってもらってるのよ。大丈夫、信用できるから。それより早く隠れ場所に行こう!」
足元がヨロヨロしたけれど、何とか土手を登り切って、薮の裏に回り込んだ。影さんの言う通り、あったかそうな緑の毛布が広がっている。緑の毛布をめくると、ちゃんと下にも別の毛布が引いてあったので、どうやら土に寝ころばなくてもよさそうだ。
ライラと一緒に寝転んで顔だけ出して、様子をみることにした。
私はとてもじゃないが、薮から顔をだす勇気はないけれど、ライラは薮をかき分けて、下の馬車を覗いている。そうこうしているうちに声がした。
「おい!起きろ!」
御者の一人らしい。もう一人が間延びした声を出した。
「うーん。」
どっちも本当に無事だったようだ。良かった。私は声の様子からしか推測できないけれど。
「何が起きたんだ?」
「どうやら穴に轍が落ちこんで、バランスを崩して横倒しになったようだな。馬達は大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。」
その途端、叫び声が聞こえた。
「おい!女が逃げたぞ!」
それって、私のことですよね。ちゃんと修道院まで送ってもらったほうが良かったのかしら。