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お迎えが来るまで  作者: 大島周防
薬師の娘
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9

ハロルドさんが先に立ち直った。


「復讐だと?何を馬鹿なことを言っているんだ!そんなこと非力な我々にできるわけがなかろう!ジェレマイア殿下に逆らえるものなら、もうずっと前にやっていた!


私の作った薬で死人が出たんだぞ?それでも私は殿下の命令に逆らえなかったんだ・・・そんな私に何ができるんだ・・・私はもう、薬を作るのはやめるよ。二度と私の作ったもので人が死なないようにな。これからはお前と二人で、ささやかでも平穏な暮らしをしていきたいんだよ。わかってくれるな?」


ライラさんが頬を膨らませた。


「お父さんから薬を取ったら何が残るのよ?お父さんは天才薬師よ!一体他の誰に48時間仮死薬なんて作れるのよ!私との時間を犠牲にしてまで培ってきた自分の才能をみすみす無駄にするつもり?」


ハロルドさんが、顔を赤らめる。


「なんと言われようと、私は二度と薬を作るつもりはない!」


ライラさんは駄駄を捏ねる子供に言って聞かせるように話している。


「毒薬を作らなければいいんでしょう。薬をつくるのを辞める必要がどこにあるのよ。お父さんの力を隣国に売り込んで、ジェレマイア退治を手伝ってもらうんだから、今さら薬を作らないなんて言わないでよ。」


いつの間にそんな話になってるんだ。


ハロルドさんがため息をついた。


「権力におもねれば、利用される。どこの国に行こうとそれはおんなじだよ、ライラ。彼らが私ら平民の意向なんぞ気にするものか。そのうち自分たちの都合で毒薬を作れと言ってくるに違いない。


第一、どうして隣国の権力者がお前の言うことを聞いて、ジェレマイア殿下を罰するのを手伝うと思うんだ?そんなことありえんよ。」


ライラさんがにっこりする。


「大丈夫。ジェレマイアに対して隣国が怒り狂えばいいのよ。お父さん、流行病の病原菌を作れって言われたのよね。あれ、隣国にばらまくためだったってことにしてね。安定している隣国を病で混乱させて、その隙にジェレマイアが国を乗っ取るつもりだったってことにね。そうやってアイツを追い込みましょう!」


「「・・・」」


よくまあこんな前向きな子を死にたくなるまで絶望させたな、私えらい。まあ、私というよりはあの牢番のおかげだけど。


ハロルドさんも言葉が出ないようだ。無理もない。


ここで、とりあえず私は気になっていたことをハロルドさんに聞くことにした。


「ハロルド様、もう二度と自分の作った薬で人が死なないように、とおっしゃっていましたが、殿下はまだ毒薬をお持ちなんじゃないですか?」


ハロルドさんは落ち着いている。


「いや、この計画を立てた時から、私が死んだあと、誰も犠牲者が出ないように、必死に考えてきました。


殿下の持っている毒薬は、時間とともに効き目がなくなるように調整してあるから大丈夫です。もう一月もしたら毒としては使い物にならなくなるでしょう。それに研究室にある薬はできるだけ破壊してきましたから。」


ああ、それで、殿下のへそが曲がってるのね。怒りのあまりライラさんを牢から解放することなんて考えられなかったでしょうね。


とは言え、それだけではないでしょう。


「まだ一人、毒薬を差し上げた方がいるでしょう?あれはどうするんですか?」


ハロルドさんが、ハッとする。ライラさんが不思議そうな顔をして私に聞いてきた。


「誰?誰に毒を渡したの?」


ハロルドさんが考えこんでいるので、私が返事をした。


「アナ様です。アナ・ハーツディル公爵令嬢ですよ。」


ライラさんが驚愕している。


「なんで!?なんでアナを殺さらなきゃならないのよ?」


私は慌てて返事をする。


「いえ、アナ様を殺そうとしたわけではないんです。


どこへお願いしても、誰におすがりしても、どうしてもライラ様への面会が認められなかったんです。そしたら、アナ様が密かに私たちのところにいらっしゃって、ライラさんに会わせてあげると。その代わりに毒薬がほしいとおっしゃったんです。いざと言う時に自害するために必要だと。」


「なんで?」


ライラさんが勢い込んで聞いてきた。


「ジェレマイア様の正体に気づいているのは私たちだけではないってことじゃないですかね。アナ様も苦しんでいらっしゃいます。ずいぶん追い詰められていらっしゃるようでした。」


ライラさんが目を伏せる。


「・・・そうかぁ。確かに、今思えば、アナは私に、ジェレマイアに近づくんじゃないって警告してくれてたのよねぇ。婚約者のジェレマイアが私に優しくしてくれるから、ヤキモチやいてるんだとばっかり思って、悪いことしちゃったなぁ。」


何をやったか聞きたいところですが、やめときましょう。


「アナも毒をのんじゃうかなぁ。」


ハロルドさんが声を震わせた。


「そうなって欲しくはないんだが。ジェレマイア様から離れることも許されないし、かといってジェレマイア様のやっていることを見逃すこともできないからとおっしゃってたよ。立派な女性だ。」


ライラさんが頷きながら聞いてきた。


「すぐに毒を飲む感じだった?」


ハロルドさんが首を振る。


「いや、一応、ジェレマイア様に捨てられればよいのじゃないかと思って、まずはこれを試してくださいと、体や顔に吹き出物がいっぱいできる薬も渡してある。それでジェレマイア様と婚約破棄になればと思って・・・」


ライラさんが顔をしかめる。


「アイツがそんなことで、アナが離れることを許すとは思えないけどね。それで、毒も渡したのね?」


小さな声でハロルドさんが返事をする。


「・・・ああ。」


動じることなくライラさんが宣言する。


「ふうん。じゃあ、毒を飲まさせないよう、どうにかしなくっちゃねぇ。」


ライラさんが空を見上げながら考え込む。


その姿を見て、ハロルドさんが嬉しそうにちょっと顔を綻ばせた。私が横目で問いかけると、ハロルドさんは、小さな声で、


「ああやって悪巧みをしている姿を見てると、妻のことを思い出すんですよ。本当によく似ている・・・」


と、囁いた。


いやはや。


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