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「お前がどうにかできる相手じゃない。王族だぞ?一介の平民の我々に何ができる!」
ぼんやり考えごとをしている間にも、この親子の議論は続いていたらしい。どうやらごめんなさいの段階は過ぎたようだ。ハロルドさんが逃亡計画を説明し終わって、次にどうするか、という話し合いになっているようだ。
「そう?一介の平民の私たちが、現に国をだまくらかして、こうやって逃げてきてるんじゃないの。やってやれないことはないはずよ!」
ハロルドさんは、とにかく逃げることを主張している。隣国へでも逃げ込んで、静かに、目立たないように二人で暮らしていくことをご希望のようだ。
だが、ライラさんは、なんとしてもジェレマイア殿下に一矢報いると、主張している。
私はといえば、この親子ゲンカに参加するつもりはないので、ライラさんの入っていた麻袋を棺桶から引っ張りだしてきて、地面においた。次に棺桶の横に隠しておいたショベルを持ち出して、柔らかそうな土を探す。
ザク、ザク。
ショベルで土を掘り返していると、ハロルドさんが、麻袋を持ってきて、袋の口を広げる。
私が、袋のなかに土を放り込む。
ハロルドさんは土が溢れないよう、袋を支えている。その間もライラさんとの言い合いは辞めない。
「ジェレマイア殿下は危険だ。普通じゃない。頭はいいが、狂ってる。密かに嗜虐行為ばかりを繰り返しているし、他人の生死を手中に収めなければ気が済まないのだと思う。
あんなやつがいずれこの国を治めることになると思うと・・・ライラ、一刻も早くこの国を出よう!」
ライラさんは、麻袋の口を閉めるための紐を手に持ってブンブン振り回しながら、反論する。
「あんなのを王位につかせたら、国が滅びるわよ。それこそ流行病の病原菌を放っておくようなものじゃない。貴族にしろ平民にしろ、お先真っ暗よ。お父さんは人を助けるために薬の研究をしてるんでしょう?どうしてあんな病原菌をほっとけるのよ?」
バサッ。
私が麻袋に土を入れる。
「私が何をしたところで、奴は止められん。国王だって奴がどれだけ病んでいるか気づいていないし、貴族たちだって誰も王太子に逆らえん。お前だってアイツの本当の姿に気がついておらんかったろう。
本来なら、アイツが毒を持つ必要もないんだ。次期国王になるのに邪魔な兄弟はいないし、『堅苦しい国王の座にすぐに就くつもりはない』と言っていたからな。父親を殺して国王になろうとしてるわけでもないんだ。
誰も毒殺する必要がないのに、毒を持っていることで、人の生き死を簡単に左右できるという満足感、それだけのために私に毒を作らせていたんだぞ。」
バサッ。
袋も半分ほど埋まったろうか。
「お父さんの毒で人は死んだの?」
ライラさんがズバリと聞いてきた。
「・・・何人も死んだだろう。アイツは一々使ったことを知らせてはくれんが、結構な数の毒味役の人たちが亡くなったと聞いているよ。ドロレスさん、そうじゃないかい?」
私にお鉢が回ってきた。
「そうですね。毒味役の人たちが頻繁に死んでしまうので、王宮の毒味はなり手がいない、と言われましたね。」
ライラさんが不思議そうな顔をして私の方を見ていたので、
「私は元は王宮で毒味をしていたんです。」
と、説明しておいた。
バサッ。
土をどんどん入れていく。
「その人たちはみんなお父さんの毒でやられたの?」
「そうとは限らないけれど、私の毒で死人は出ていると思うよ。アイツは面白半分に毒を試してたからね。『毒味役なんだから、時には毒に当たらないと』って言って、わざと王宮の毒味役たちの食事に混ぜてたそうだ。
おそらく、王家の人たちの間に、恐怖と猜疑心を生み出そうとしてたんじゃないかな。それを眺めて密かに楽しむ、そんな奴だよ、アイツは。」
ライラさんが呆れたように私を見た。
「よくそんな仕事やる気になるわね。」
最後の土を入れながら、私が答える。
「私は精霊王の呪いを受けていて、死なないので、毒も気にならないんです。」
言われたことの意味がわからないようで、ライラさんの持つ紐の動きが止まった。
「へっ?」
まあ、そうだよね。
「私は不老不死なんです。」
「不老・・・不死?歳取ってるじゃない。」
「いや、ですからこの状態から歳をとらないんです。」
この言い訳するたびに何かが削られるような気分になるのはなぜなのかしらね。
ハロルドさんが申し訳なさそうに話に割り込んできた。
「ライラ、ドロレスさんは、本当に死なないんだよ。何度も致死量の毒で試したけれど、必ず生き返ったんだ。ドロレスさんのおかげで、仮死状態の臨床実験もできたんだよ。この薬ができたのは、ドロレスさんのおかげだ。」
いや、ハロルドさんが天才なんだと思うけどね。
「へっ、へぇ・・・」
さすがのライラさんも言葉がないようだ。そのままかがみこんで、麻袋の口を紐で締める。
そのまま三人で、重い袋を抱えあげ、棺桶の中にそっと寝かせた。棺桶の蓋を閉めると、用意していた釘と金槌で蓋を箱に打ち付けて行く。
用意は出来た。
「では、私はこのまま奥様の眠るお墓まで参ります。ハロルド様とライラ様はこれから隣国へお向かいになるのですよね。貴方の懐にお預かりしていたお金は入れましたが、確認していただけました?」
ハロルドさんに問いかけると、ハロルドさんが、懐をポンと叩いて返事をした。
「あります。色々ありがとうございました。どうか、お元気で。まあ、貴方の場合は・・・そういう心配はないのでしょうが。一応他にどう申し上げたらよいのかわからないので・・・」
お別れの挨拶をしていると、いきなりライラさんが大声をあげた。
「ちょっと待って!ドロレス、いなくなるの?」
あら、引き止めてくれるなんて、可愛いとこありますね。
「はい。私は、ここでお別れです。このままお二人のご遺体を埋葬して、馬車を返して、まあ、また次の仕事でも探します。」
ライラさんが顔を歪めた。
「冗談じゃないわ。死なないなんて便利な習性、使わなきゃ損じゃない。ジェレマイアへの復讐のお手伝いしてもらうわよ!」
うへぇ。