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当時私は、王宮で、毒味の仕事についていた。いいお金になるし、死なない私には楽な仕事だったからだ。
王宮では結構な割合で、毒入りの食事が横行しており、毒味の仕事につきたがる人もいなければ、平気で食事を口に入れる度胸のある人がいない、と、私を採用した役人がぼやいていた。
その点私は、パクパク、サクサク毒味をしてくれるので、貴重な人材だったらしい。
毒を食せば、一応死ぬから、その食事は他の人は手をつけない。ちゃんと警報機の役も果たせるし。まあ私には打って付けの仕事だった。
実際、毒入りの食事で、二度ほど倒れた。一度目は何日も高熱で苦しんだあと回復したが、二度目は私の意識が完全に真っ暗になったので、確実に死んだのだろうと思う。数時間後に生き返って、起き上がったら、側にいた役人が腰を抜かしてしまった。
役人には、気を失っただけ、と、言い訳をしたので、どうにかその場は切り抜けたけれど、冷や汗が出た。
そろそろ潮時だな、と、仕事を辞める準備をしていたら、ハロルドさんとジェレマイア殿下に捕まったのだ。
お城から退出させてもらったところをいきなり、数人の兵士たちに囲まれ、捕獲された。
何事かと驚いていると、殿下の別邸地下に作られた実験室に引っ張り込まれて、私は後ろ手に縛られたまま、ハロルドさんに尋問を受ける羽目となった。
「あの毒で生き残るなんて、あり得ない!」
と、唾を飛ばしながら揺さぶられた。
「と言われましても、生き残りましたので、なんとも申し上げようが・・・」
結構申し訳ない気分になった。
ハロルドさんの興奮は冷めやらない。
「致死量の5倍の毒を盛ったのだぞ!なぜ生きている!」
とにかく慎ましく、しおらしくすることにした。
「なぜなのか、私には見当もつきません。何が起きたのか覚えてませんので。周りの人も皆、死んだと思ってたそうですよ。多分、仮死状態かなんかじゃなかったんですかね。」
後に、ハロルドさんは、この時の私の発言にアイディアを得たといっていたけれど。
ハロルドさんの尋問の様子を、退屈そうに見学していたジェレマイア殿下が、
「毒に対する耐性があるんじゃないか?致死量10倍で試してみろ」
と、言い放った。
ハロルドさんは、
「殿下、この人を殺す理由はございません。せっかく生き残ったのになんの意味もなく・・・」
ここまで言ったところで、いきなり殿下が手を振り上げた。
バッシーン!
ハロルドさんの眼鏡が吹っ飛び、頰が赤くなっている。
殿下は、背筋の凍る冷たい声で
「平民の一人や二人の命、いちいち気にするな。お前はお前のやるべきことをやれ。失敗や言い訳は私を不愉快にさせるだけだ。私が不愉快になったらどうなるか、わかっているだろうが。
10倍だ。」
と、言い捨てて、殿下は部屋を出ていった。
ハロルドさんは、くずおれるように、椅子に座り込んだ。
「・・・ライラ。」
ハロルドさんの呟きが聞こえた。そのままどれぐらい時間がたったろう。ようやく立ち上がった彼は、ゆっくり薬の調合を始めたのだった。
その動作があまりにノロノロしているので、ハロルドさんのためらいがひしと感じられた。
震える手で、出来上がった毒を持ち、私のところに持ってくる。
「あーん」
口を開けてまっていると、ハロルドさんに驚愕された。おそらく、口をこじ開けて飲ませようとしていたんだろうな。いえ、飲むのはいいんですけどね。
眼鏡越しの目がまん丸くなっている。
「これは毒だぞ?」
口を閉じて答える。
「はい。わかっております。でも死にませんよ。死んだように見えるかもしれませんが生き返ります。私は精霊王の呪いを受けて、不老不死なんです。
一回試してみませんか?」
ハロルドさんはまだ理解できていない。
「不老不死?10倍だぞ?」
小首をかしげている。
「いや、不老不死に何倍かは関係ありませんから。とにかく試してみましょう?」
促すと、あっけにとられたハロルドさんが、毒の瓶を私の口に持ってきた。
ゴックン。
無味無臭だ。飲みやすいな。
次の瞬間、プツっと意識が途切れ、真っ暗になった。