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馬車を止めて、後ろの荷台に駆け寄る。あたりを見回しても人気がないけれど、念には念を入れ、棺桶の蓋をわずかばかり開けて、中を覗きこむ。
袋から顔を出して、キョロキョロしているライラさんと目があった。
「シッ、静かに。その足は、お父様です。もう直ぐお父様も目を覚ますでしょうから、それまでじっと、おとなしくしててください。」
ライラさんは、私の顔をまぶしそうに目を細めながら見ている。
「私死んでないの?」
見えているのだろうか、そう思いながらもにっこり笑ってみる。
「死んでません。お父様も死んでませんよ。あの毒は、仮死状態を作り上げるものだそうです。あなた達は、死んだことになってますから、今、死体として、棺桶の中に入れて、お母様のお墓のある村に向かってます。お父様が起きたら、道を外れて、森の中に入りますから、そしたら詳しい話をしましょう。それまでは黙っててくださいね。死体ですからね。」
ライラさんは、顔をポリポリ掻きながら返事をする。
「袋から出ちゃダメ?ムズムズするんだけど。」
なかなか元気だ。
「動くと棺桶の蓋が落ちるかもしれませんからダメです!じっとしててください!」
そう言うと、ライラさんに反論の隙を与えず、棺桶の蓋を閉めて、御者台に飛び乗った。あたりを見回して、隠れて話のできるところを探す。
右手の方に鬱蒼と木々が生い茂っている場所がある。あの奥なら・・・
そうこうしているうちに、父親のほうからも唸り声が聞こえ始めた。私は、急いで馬車を森の方へと向けた。
森に乗り込み、馬車で乗り込めるギリギリのところまで、荷馬車を寄せると、あたりをしっかり確認して、棺桶の蓋をあける。
最初にライラさんが、袋から這い出て、棺桶から飛び出して来た。
「トイレ!」
毒を飲んで48時間だ。仕方ないか。
「男性は右、女性は左」
私が短く指示を出すと、ライラさんと、お父さんのハロルドさんが、さっと、左右に分かれて姿を消した。
どちらも足元はしっかりしているし、毒の後遺症はなさそうだ。
私は数時間御者台に座っていたせいか、すっかり腰が張ってしまったので、大きく伸びをした。
ハロルドさんがまず戻って来た。そしてライラさんが。ライラさんが荷台に腰掛け、父親を見上げる。
「で?」
ハロルドさんがライラさんに駆け寄って、腕を組むライラさんを丸ごと抱きしめた。
「すまなかった。こんなことに巻き込んでしまって。お前の安全だけを望んでいたのに。」
ライラさんの怒りは収まらないようだ。
「そんなことどうでもいいわ。なぜ一人で抱え込んだのかって聞いてるの!なんでジェレマイアが私を虜にして、父さんに毒を作らせようとしていると言わなかったのよ!知っていれば、いくらでも逃げる手立てはあったのに!」
おっと、殿下はジェレマイアに格下げか。どうやらライラさんもお棺の中で色々考えることがあったらしい。
ハロルドさんは、ライラさんに回した腕を外し、距離をとって、彼女を鋭く見返した。
「アイツは化け物だ。綺麗な皮を被っているけれど、中身は悪魔だ。わかってくれ、これでもお前を巻き込まないよう、必死で努力したんだ。出来うる限りアイツの言うことは聞いたし、アイツの欲しいものは提供してきた。
逃げるなんて以ての外だと思ったんだよ。次期国王だ、たくさんの兵士と仲間を抱えている。すぐに追っ手をかけられて、捕まって、生皮を剥がれるだろう。それに、どんなに注意しても、お前はアイツの上部に騙されて、私の言うことなど聞かなかったから・・・一緒に逃げられるとは思わなかったんだよ。」
ライラさんが苦々しげに口を歪めた。
「まあ、それは認めるわ。貴族ばかりの学校に入って、生徒どころか先生方もろくすっぽ相手してくれなかったから、ついあの優しげな態度に騙されちゃったわ・・・不覚だわ。私ともあろうものが。」
ライラさんがすっかり熱病から覚めたのは、良き事だ。
ハロルドさんが、
「お前が殿下の本性をわかってくれたのは、喜ばしいことだよ。ひょっとしたら、仮死状態になる薬を飲んでくれないのではないかと、心配で、心配で・・・よくぞ人生を諦めてくれたね。」
と、安堵のため息をついた。そして、私に向かって
「ドロレスさん、ありがとう。」
と、頭を下げた。
ライラさんが、片眉を上げて、ハロルドさんに問いかける。
「この人、お父さんの助手なの?それにしちゃあ、随分私たちの事に関わってるわね。ひょっとしてお母さんの後釜なの?」
ハロルドさんが慌てる。
「いやいや、そうじゃない。ドロレスさんは、仮死状態になる薬を作るのを手伝ってくれたんだよ。さすがに私も、人を殺す毒薬なら作れても、仮死状態になる薬は、何度も臨床実験をしないと効果のほどがわからなかったからね。」
その臨床実験とやらのために、私は、4度も死ぬ羽目になったけどね。