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「おい!お前の移転が決まったぞ!ライカー島だ!」
振り向くと、下卑た笑いを浮かべながら、先ほどの牢番が戻ってきたのが見えた。手に持った白い紙をひらひらと振り回している。
・・・畜生、やはり彼奴はライラさんを放り出してはくれなかったか。
「喜べ!お仲間にたくさん会えるぞ。平民は平民の罪人のいるところに行きゃぁいいんだ。」
・・・だがこれはチャンスだ。ライラさんを地獄に落とすチャンスだ。
私は、信じられないという表情を浮かべつつ牢番から白い紙をひったくった。
私が慌てる様子を、ニヤニヤしながら牢番は見ているが、構うものか。
探しているものは、紙の一番最後にあった。ジェレマイア・ノーザム、王太子の署名だ。私は、すかさずその紙をライラさんの目の前に突き出した。署名の部分を指差しながら。
ライラさんの目は、署名から動かない。震える唇で、ようやく
「そんな・・・そんな筈は・・・」
と声を押し出した。
牢番が私の手から紙をひったくって懐に入れる。おそらくライラさんの言葉を、移転させられるショックと受け止めたのだろう。
「そんな筈はだと?お前が貴族様に混じってここにいることが間違いなんだよ。」
そう言うと、鉄格子の間からライラさんの髪の毛をひっ掴み、ライラさんの顔を鉄格子に引き寄せた。そして、ピンクの髪の間から見えている耳に向かって囁く。
「いいか、ライカーじゃ、男性房も女性房もありゃしない。女は皆、男の罪人達のお慰みだ。お前みたいな若いやつは喜ばれるだろうよ。皆に輪されないよう、せいぜい牢名主の機嫌をとっておくんだな。そうすりゃあしばらくは一人二人の相手で大丈夫だろうよ。」
ライラさんの瞳がどんどん暗くなる。だけど私はこのヘドの出そうな話を止めない。
「ああ、そうだ、お前も腕を磨かなきゃな。移転は明日だから、その前に俺が少し技を伝授してやるよ。今夜は楽しみにしてろや。」
そう言うと、牢番は、鉄格子に押し付けられたライラさんの頬を、ベロっと舐め上げた。
ライラさんの瞳から完全に光が消えた。
牢番が、髪の毛から手をはなし、ライラさんの頭を突き放す。一歩下がると、ゲスな笑い声を上げた。
ライラさんは崩折れるように座り込んだ。
今だ!
「何をなさるんです!」
私は膝をついて、這いながら、鉄格子に近づき、鉄格子の隙間から両手を差し入れ、そっとライラさんの頭を抱き寄せた。ライラさんの耳元に口を寄せる。
牢番は立ったまままだ、大笑いしている。
「お父様の手紙には、毒が染み込ませてあります。あれを召されれば、死ねます。」
素早くそう囁くと、ライラさんの瞼がかすかに動いた。
「ああ、お可愛そうに。お可愛そうに。」
私はライラさんの頭を撫でながら、牢番に聞こえるように繰り返す。その合間に、
「手紙です。」
「食べるんです。」
と合いの手を入れた。
いきなり服ごと後ろに引っ張られた。
牢番が私を後ろに放り投げる。
「もういいだろう。これから忙しくなるんだ。お前もサッサと帰れ。」
もう一度近付こうとした私の横腹を牢番が蹴った。
グッ。痛みに思わず顔を歪めたが、目をあけると、ライラさんが震える手で、床から手紙を拾い上げ、胸にしっかりかかえ込むのが見えた。
伝わったか。
安堵の余り、涙が出てきた。ゆっくりと立ち上がると、牢番に促され、押し出されるように廊下に向かうことになった。
ライラさんは十分絶望したか?
私は何度も振り返る。
ライラさんの手がくしゃくしゃにした手紙を口に持って行こうとしているのを見て、ようやく安心出来た。
目をつぶって祈る。
ライラ様、お父様と同じ毒で、安らかにお逝きください。