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牢番の後ろをついて長い廊下を歩いている。首を伸ばして牢番の肩越しに覗くと、正面には、思ったより広めの独房があり、鉄格子の後ろにあるベッドに腰掛けた、まだうら若い女の子の姿が見えた。
ふわふわピンクの髪の毛には、丁寧にブラシが入っており、その髪を結う事なく肩まで垂らしている。暫く日に当たっていないせいか肌は青白いが、張りがあり、傷、シワシミ一つなく輝いている。質素なドレスも洗濯が行き届いているのか、清潔に保たれている。
牢内も清掃がきちんとされており、机やタンスなどの家具も入っている。家具の上に本や、小物が乗っていることを見ても、生活に不自由していそうな環境ではないようだ。隅にある木製のドアはおそらくトイレに繋がっているのだろう。プライバシーはある程度保てるようだ。流石に貴族専用の独房だ、と感心した。鉄格子があるだけで、私の寝るだけの部屋とたいした違いはない。
私たちの足音を聞きつけて、女の子が期待に満ちた顔を挙げる。
だが、牢番の後ろにいるのが私であることを見て取ると、あからさまに失望している。誰か他の人を期待していたんだろうな・・・
でもこの程度の失望では全くお話にならない。
私はこの子に絶望してもらわなければならないのだ。
この先希望もなく、悲観の余り生きていくことさえ断念させるような、人生のどん底へ。
あのキラキラ生命にあふれた青い瞳から、全ての力が失われますように。
笑いを含んだふっくらした唇が、苦悩のあまり血が出るまで噛み締められるのを見とどけられますよう。
ああ、お願いだから絶望して!!
女の子は不思議そうに牢番に声をかける。
「その人はだあれ?」
挨拶もせずにいきなり話しかける女の子の横柄な態度に、牢番は、不愉快そうに顔を歪めて返事をする。
「面会だ。お前の父親の助手を務めているそうだ。ドロレスとかいったな?」
私は、牢番に頭を下げながら、簡単に、
「はい。そうでございます。」
と返事をした。女の子に向かって、再度深く頭を下げる。
「ライラ様、お父様からのお手紙をお届けに上がりました。」
手に持った封筒には、封がされていいない。ここに来る前にすでに検閲され、何人かの警備員が目を通していたからだ。
内容はごく当たり障りのない、時候の挨拶から、近況を尋ねるものだった。下手なことを書いて、取り上げられたりしたら一大事だ。
ライラさんは、さっと手紙に目を通すと、不満気に、
「ふん。」
と、鼻を鳴らした。そして、そこで待機している牢番に、
「ジェレマイア様からのご連絡はないの?ジェレマイア様からのお手紙は?」
と、問うた。牢番は、
「王太子殿下と呼べ!殿下からお前なんぞに手紙があるわけがなかろうが!」
と、吐き捨てた。
私の方を見ると、
「俺は忙しいんだ。後で迎えにくるから、それまで、こいつの相手でもしていろ。平民女王閣下は、退屈しておられるからな!」
牢番は、そう言うと、元来た道へと去っていった。
平民女王閣下ね。案外嫌われてるねぇ。
だがもうあまり時間がないだろう。早くしないと。
「ライラ様。お父様からご伝言がございます。声が響きますので、近くまで来ていただけますでしょうか。」
ライラさんは、しぶしぶ鉄格子の近くまで歩み寄った。
「伝言って、自分で言いにくればいいのに。娘と会う時間もないってわけ?売れっ子薬師は、お忙しくていらっしゃるのねぇ。」
嫌味たっぷりだが、話は聞きたいのだろう。鉄格子に、コトンとおでこを当てる。
「なあに?」
私は、ライラさんの目を捉えた。
「お父様はお亡くなりになりました。」