22 エピローグ:モーリス・ハイランド男爵の独白
モモと二人、馬車に乗って久々にこの地を訪れた。約1年ぶりか。父が逮捕され、城に監禁されたのを確認して、森にとって返してモモを保護して以来だ。
ハイランド家はお取り潰し、父は爵位を取り上げられたた上で、幽閉の身となった。王家に対する反逆罪が立証できなかったので、絞首刑にならなかっただけでも目っけものだ。ドロレス殿がそのあたり、曖昧にしてくれてよかった。反逆罪であれば、俺も家族もただでは済まなかったろう。
弟は家を継ぐことは叶わず、今は平民の身の上だ。どこかの商会で、帳簿付けをしながら、細々と暮らしていると聞いた。俺は、コカトリスと魔女の征伐の功績を認められ、ハイランドの名を残したまま新たに一代男爵の爵位を受け取り、近衛騎士団の副団長を務めている。国王には、俺に荒れきった辺境伯の領土を継ぐのではなく、騎士団を仕切って、そのうち辺境警備もできるようになれ、と言われた。
辺境伯や領土を治めるなんて器ではないので、この命令は俺にとって渡りに船だった。モモだって辺境伯夫人なんて言われたら、大ごとだろうが、まあ、男爵夫人ぐらいなら、ちょっと変わってるぐらいで済むだろう、と思って、王家に引き合わせたのだが、王太子に、
「お前、本当にこれでいいのか?」
と言われてしまった。
「これじゃないといやです。」
とは言い返しはしたが。
コカトリスに負わされた傷を必死に看病してくれた村娘と説明したら、まあ、命の恩人なら仕方あるまい、と、どっかの貴族に形だけ養子に入れ結婚できるようにしてくれた。
もちろんモモの魔力については、一切口外していない。色々詮索されるとやばいこともあるので、モモもそれは了承済みだ。
歯に衣着せぬ上に、表裏のないモモの性格を面白がって、王太子は結構モモのことを気に入っている。モモが誰かに目をつけられることのないよう、王都に戻って3ヶ月目にさっさと結婚してしまった。
あれやこれやで、気がついたら1年だった。
モモは馬車に揺られているのが心配なのか、膨らみはじめたお腹にそっと手をやっている。俺が、
「気分は?」
と尋ねると、モモはにっこり笑いながら答える。
「大丈夫。」
あの森の家まで、馬車が入れること自体驚きだが、コカトリスがいなくなって以来、結構魔物退治のための冒険者や、近隣の村人が出入りしているらしい。道らしきものもできた、と聞いていた。
馬車が止まる。到着か。
モモの手をとって、馬車からゆっくり降りると、そこにあったのは、焼け落ちた嘗ての魔女の家だった。黒く燻んだ柱が何本か立っているだけだ。
驚いて御者台にいる案内人の方を振り返った。案内人が、
「若いもんが肝試しと悪さしに、この家を使うんで、2ヶ月ほど前、名主様の命令で焼き払ったと聞いております。」
と言い訳する。モモがショックを受けていないかと、心配して覗き込むが、そんな様子はない。
「ここが旦那様が、魔女のモルガーナを倒したところなんですね?!」
芝居がかったモモは、胸の前で手を合わせて、嬉しそうに、目をパチパチさせる。
モモ、モルガーナはやめてくれ。吹き出しそうになる。
「旦那様、案内してくださいな。」
と、モモが言うので、案内人たちを馬車に残して、まずは、母とモモのママの眠る墓の方に向かう。墓といっても、なんの墓標もないのだが。嘗ての家の裏手にそれはある。
墓はすでに雑草に覆われ、青い小さな花をポツポツと咲かせていた。モモがしゃがみこんで、そっと花に手を触れる。モモのママの墓だ。俺は、その隣の母の墓の前にしゃがみ込んだ。
暫くの沈黙の後、モモが、そこだけ5センチぐらい丸く雑草の生えていない場所に手を伸ばした。土を触ると、錆びたピンを引っ張りだす。
「ふん?」
同じところに何本か、錆びたピンが刺さっている。
「お母さんだわ。多分、自分が無事に旅立ったことを私に教えたくて、証拠を残したのね。」
モモはドロレス殿のことを、もう名前では呼ばなくなった。ドロレス殿は、お母さんになったのだ。
「どこかで俺たちが幸せにやっていること、知ってくれるといいのだが。」
と、言うと、モモがちょっと睨む。
「まだまだだよ。これぐらいじゃ全然たりない。女の子が少なくとも3人はいるからね。お母さん、魔女先生、ママ、それぞれの名前を受け継いだ子がね。それぐらいになったら、お母さんも安心するよ。」
ドロレス、エミリー、ナンシーか。男の子もほしいな。俺にも味方がいないとな。子沢山の暖かい家庭を作ろう。そしていつの日か、年老いたモモと、幸せだった人生を振り返ろう。
モモが立ち上がって、私の方に手を差し出してきた。その手をとって、二人でゆっくり馬車に向かって歩き始めた。
お読みいただき、ありがとうございます。22部をもちまして第1章、「モモ」の物語が終了いたしました。各章ごとに主人公以外の登場人物が変わり、一つの物語が終了する形をとっております。第2章は、「薬師の娘」の予定です。今後ともよろしくお願いいたします。