20
朝焼けとともに、モモが私の手から飛び立っていった。しがみついてなかなか離れようとしなかったが、最後には、自分のやらなければならないことをちゃんと理解して、出て行った。
「いつまでも見守ってるよ。」
耳元で囁いたら、やり込められた。
「嘘つき。そんな能力ないくせに。死んだら出来るかもしれないけど、死なないんだから無理でしょ。」
その通り。大分調子が戻ったね。思わずニヤッとした。
モモが私の腕の中で呟いた。
「まあ、気持ちだけ受け取っとく。」
モモは心配いらない。あとは計画の確認だ。
「目論見はわかってるよね。」
「大丈夫。」
おそらくあまり遠く離れていない、木立の中にでも隠れているのだろう。
「「良い旅を。」」
二人で同じお別れの言葉を発したのに苦笑いした。お別れの時だ。
いざという時のための食料を少しと、魔女先生の日記をしっかり抱え、何度も振り向きながら出ていくモモの姿を見ながら、そっとドアを閉めた。ドアの取っ手から手が離れない。
ようやく体が動くようになると、そのままベッドに倒れこみ、子供達のことを思い出した。私がうまく手放すことができなかったために、苦しい選択をさせてしまった子供達のことを。
+ + +
老いたジェイコブが死んで程なくして、4人の子供達が一緒に家を訪れたのだった。しっかり者の長女のスーザンが口火を切った。長女とはいえ、その時スーザンは、私と変わらない外見になっていた。
「母さん、ごめんね。村で母さんのことが噂になってるの、気がついているでしょう。母さんのこと、化け物呼ばわりされて、私たちの子供達もいじめられたり、泣かされたりしてる。家のテレサの結婚話もこれが原因で流れる寸前なの。母さんには、申し訳ないけれど、離れてもらわなくちゃならない。私たちもそれぞれの家族を守らなきゃいけないし、このままではいられないよ。」
そうね。ジェイコブと別れられなくて、いつまでもグズグズしていたけれど、こんな時が来ることは覚悟していた・・・はずだった。
末っ子のマリーはまだ諦めがつかなかったらしく、
「じゃあ、いいよ!お姉ちゃん。私が母さんと暮らすから!うちの子供達はまだ小さいから!」
と、叫んだ。長男のジャックは顔を上げないし、次男のピーターは空を睨んだままだ。スーザンの肩だって震えている。
ごめんね、こんな辛いことを言わせてしまって。私がもっと早く決心できていたらお前達にこんな酷い決断を迫らなくてもよかったよね。でもね、こうやって自分たちの家族を守っている貴方達を本当に誇りに思うよ。そう考えると、決心はついた。
「私はこの地を離れるから、ジェイコブの後を追って、聖なる森に入って死んだことにしてくれる?」
あの日以来、ジェイコブは時間の許す限り森に通っていた。いつか精霊王に会い、私の罪を自分が被りたい、と、切望して。死ぬまで叶わなかったジェイコブの思い。それを抱えて私は生きていかなくてはならないのだ。
スーザンが無言で頷いた。
+ + +
子供達との別れを思い出しているうちに、ちょっとウトウトしたらしい。ざわつく声で目が覚めた。
家が取り囲まれている。窓からそっと覗くとモーリスさんとその横に立つ初老の男との口論が聞こえた。
「お前も昨夜は何かと忙しかったようだな。母親を逃したのか?この家ももぬけの殻ってところか?」
モーリスさんがため息混じりに答えている。
「父上、何度も言うようだが、馴染みの女のところに行っていただけですよ。」
あら、モーリスさんたら、下手打ったね。
そっくりかえることに慣れ切ったように、腹の出たたるんだ顎の初老の男は、モーリスさんの父親だろう。モーリスさんはお母さん似かね。
さてと、これは早めにやっつけてしまわないといけないかしら。一世一代の大芝居を打つ時間のようだ。