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モモめ、この計画の落とし穴に気がついたな。
「絶対に嫌だ!ドロレスが残ったら皆一緒になれないじゃない。私とモーリスだけだよね?ドロレスは私たちの前から消えなきゃならないじゃない!」
モーリスさんがハッとする。
「どうやってみんなで一緒に暮らすのよ!」
モモの唇が震えている。ここは腹を括らねば。
「モモ、確かに皆で一緒には暮らせない。でも、モモとモーリスさんが一緒になれるのなら、それは大した問題じゃないの。」
モモが叫ぶ。
「大きな問題よ!私はドロレスと別れるつもりはないから!みんなで一緒に逃げげるよ!」
議論になることはわかっていた。
「モモ、これからあんたはモーリス様と家庭を築いていくの。家を持って、子供を産んで、慈しんで育てていくの。逃亡生活を選ぶということは、それを全部諦めるということよ。そんなことはしちゃダメ。」
「逃亡しようとしまいと、私は誰も諦める気はないからね!モーリスも、ドロレスも要るの!
ママはすぐにいなくなってしまった。ドロレスがいなくなることは許さない!ドロレスはずっと私を育ててくれたのに・・・ドロレスは死なないから、一生一緒に居られるのに。どうして今になって離れていくの?」
理屈はそうだ。
「モモ、たとえ私が死なないからって、誰とも一生一緒にはいられるわけじゃない。いつかは皆私の手を離れて巣立っていくの。
年をとらない私は同じ場所にはずっといられない。私は目立たないように、あちこちを流れて暮らすか、今回のように、人目を 避けて生きていくしかないの。子供達にはそんな生活をさせられないよ。だからいつだって子供達が自分の伴侶を見つけて生活できるようになったら、私はその手を離してきたの。
モモにもその時が来たのよ。私の手を離して、モーリス様の手を掴みなさい。その先にあるのは、たくさんの子供達と共に成長し、伴侶と一緒に年老いていく喜びだよ。」
モモの頬には涙が流れている。
「いつまでも私と一緒にいれば、当然人の噂になる。化け物だ、化け物の子供だ、と言われ、化け物の家族だと呼ばれる。モモは良くても、モモの子供達はどうする?いつまでもズルズルとい続けると、モモに苦しい選択をさせることになるんだよ。家族か私か、ってね。そうなる前に私は子供達の手を離さなきゃいけないの。親はいつかは子供の手を離さなきゃならないんだよ。それなら、最も効果的な今、手を離すべきなんだよ。」
モモがあがらう。
「ねえ、待ってよ。まだ一緒にいたいよ。一人じゃ無理だよ。」
最後の一押しだ。
「ひとりじゃないよね。モーリス様の手を取ったんだから。我儘言ってる場合じゃないよ。今度ばかりは私の言うことに従ってもらうよ。」
私はモーリスさんの方を振り向く。
「モーリス様、モモや貴方様にとって何が必要かよくお分かりですよね。急いでお宅にお戻りください。あとは私が手配します。モモは隠れてますから、全てが終わったら迎えに来て下さい。大丈夫、うまく行きます。
それよりも、貴方がお家を抜け出して小細工してるのがバレると大変なことになります。急いで戻ってください!」
モーリスさんは、不安そうにモモを振り返る。
「モモ、何があろうとついてきてくれるな?」
こわばった顔でモモが頷く。
「うん。ずっと、ずっとモーリスについていくからね。これからは私がずっとモーリスと一緒だからね。」
良い子だ。誇りに思うよ。
次にやらなきゃいけないのは、モーリスさんを追い出すことだ。
「モーリス様、にやけてないで、早く!日が昇るまでにお城に戻らないと!」
モーリスさんの目を見てもう一度言う。
「私の計画通りでお願いしますね。」
貴方はモモだけを見ていればいい。
モーリスさんが頷く。
覚悟のできたモーリスさんを押し出すように送り出し、 私はモモを見る。
さっきまでの強がりが、消えてしまったか。モモの顔は、自分の手のひらの中にある。
「・・・お母さん。」
そう呟いたモモの声が私の耳に届いた。