18
「逃げるぞ。」
短く話すモーリスさんの後ろで、モモが荷造りをしているのが見えた。
今時の若い者には付いていけない。一体何が起きたんだ?
「えーと、何から逃げるんですか?」
寝起きで頭がはっきりしない。
「明日には父が兵士を連れてやってくる。その前に逃げるぞ。」
「兵士?コカトリスはもう倒したでしょう。なんで今更?」
「いや、コカトリスを征伐しにくるんじゃない。母を捕まえにくるんだ。」
より一層わからなくなった。母?魔女先生?
「すみませんが、順を追って説明いただけませんでしょうか?」
モーリスさんは、焦りながらも真剣に私を見つめた。
「国王にコカトリスを倒したことを報告にいったんだ。国王は殊の外お喜びで、ずいぶん褒められた。父を呼んで、後継は確定した、と、宣言されたのだ。
俺はけったくそ悪いんで、父に顔を見せずに直接王宮へいってたから、コカトリス征伐に出発して以来、父は初めて俺を見たんだ。俺の怪我とそれが治っているのを見て、誰かが俺を助けてくれたってことに感付いたんだろうな。それが母だと思っているらしい。
だから俺が跡取りになることをなんとしても止めるために、母を捕まえにくる。今度は王家からも証人として宰相補佐を呼んで、俺に恥をかかそうとしているって、俺と親しい王太子が耳打ちしてくれたんだ。『お前の父は、お前の目の前で母を捕縛することによって、お前の名誉を地に落とすつもりだぞ。』とね。
まあ、俺の名誉などどうでもよい。だがモモとドロレス殿が巻き込まれるのは言語道断だ。下手をすると魔女の一味として処刑されるかもしれんからな。逃げるぞ。用意をしてくれ。」
ベッドに座って、ちょこちょこ動き回るモモとモーリスさんをぼんやり眺めている。ようやく頭が回り始めた。
「逃避行ですか。」
「ああ、そうだ。」
「これから先、一生、モモとモーリス様は、逃げ回らなくちゃならないんですか。」
「ドロレスもね!」
モモが合いの手を入れる。
「いや、父が死ぬか、弟が正式に跡を継げば落ち着くだろう。それまでの間だ。」
そりゃあまた、いつになるかもわからないのに。気の長いことで。
「そんな生活をモモにおくらせるつもりですか。」
「平気だよ!」
モモが顔も上げず、本をまとめながら返事をする。そんなことはさせない。
「お母様がいらっしゃらないのに、私たちに危害を加えるでしょうか?」
「母がいなくとも、母のせいにするだろう。貴方達は母の指図で動き、ハイランドに害をなしたとな。父のことだ、その証言を得るまで拷問することも厭わないだろう。
何より、私とモモが一緒になる未来がなくなる・・・逃避行であろうとなかろうと、俺はモモと一緒のこれからを選ぶよ。」
「私も!」
モモが力を込める。
そうか。では私も覚悟を決めるか。
「私は残りますよ。」
モモとモーリスさんが驚きのあまり手を止める。
「お父様の軍がここに駆けつけたとき、もぬけの殻だったらどうなるか、わかりますよね。これだけ生活の跡が残ってるんですから。誰もいなかった、ってことにはなりませんよ。『やはり魔女がいたんだ。逃げたな。』って結論になります。それでもって、誰が一番に疑われると思います?モーリス様でしょう?『モーリスと母親は一緒に逃げたんだ、有罪だ。』もしくは、『モーリス、お前母親を逃したな』ってことになるのは火を見るよりも明らかですよ。」
モーリスさんの返事はない。
「私が残って、『私が魔女よ。コカトリスを作ったのは私よ。』って言えば、いいんじゃないですか?ついでに、お父様には、『あんたが命じたんじゃない』とでも言っておきますよ。」
二人ともポカンとしている。
モーリスさんが我に返った。
「そ、そうなのか?そうすればうまく行くのか?モモには危害が加えられないのだな?」
私はため息とともに、
「モモのコカトリス征伐大作戦より、はるかに良い案だと思いますけどね。私は処刑されても死なないし。あ、でもいいタイミングで、モーリスさんが手を下してくださると助かるんですけど。火あぶりの刑とか、死ぬまで時間がかかるし、きっと生き返るのも大変でしょうから。」
モーリスさんが納得したような顔を見せた瞬間、モモが叫んだ。
「嫌だ!」