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モーリスさんが顔を真っ赤にしてモモを怒鳴りつけた。


「ドロレス殿を囮にだと!バカなことを言うな!ドロレス殿を殺す気か!」


剣を持つ手が震えている。私も案外モーリスさんに好かれてるなあ、とちょっと嬉しくなった。


モモは間髪をおかず宣言した。


「ドロレスは死なないよ。不老不死だもん。」


モーリスさんは、あまりにも意外な言葉を聞いて、理解に苦しんでいるようだ。


「ふろうふし?なんだそれは?」


モモが説明を始める。


「ドロレスは私が初めて会った時から今まで、全く変わってない。ずーっとおんなじ。不老なんだよ。それに死なない。コカトリスに踏まれた時もちゃんと生き返ったし。踏まれたところの傷も、時間が経つと、ガサガサ、ゴソゴソっとしながら復活するんだよね。」


ゴキブリみたいな言い方はやめてほしいのだが。つぶさに観察されていたとは知らなかった。


確かに昔、私がコカトリスに殺された後、ようやく復活して起き上がったら、隣にまだ幼かったモモが寝転んでいて、肝をつぶしたことがある。どうやら、モモは私と共に逝くつもりだったらしい。冗談じゃない。私はちゃんと起きるから、死なないから、ちゃんと安全なところで待っているように何度も言い聞かせたが、起きたらモモはいつも隣にいる。


「不老?」


モーリスさんはまだ飲み込めないようだ。


「そうそう。年を取らないんだよ。」


モモが重ねて説明する。


モーリスさんは私の方を見て短く尋ねた。


「なぜ?」


まあ、そうなるよね。返事は簡単だ。


「精霊王の呪いです。私は誤って、精霊王の娘さんを殺してしまったんです。その罪で、不老不死という罰を受けております。」


正確にいうと、殺して食べてしまったのだけれど。


+ + +


300年も昔のことだろうか。当時私たちは、名主様から土地を任され、小作人として穀物を育て、生計を立てていた。本当にどこにでもいる、子沢山の農家だったのだ。だが、その年、収穫を前にして、雨が降り続き、半分近くの穀物が根腐れした。雨の中、必死に収穫したものはほとんど名主様に納めなくてはならず、我が家の食卓には、お情けで配給された芋や、私が採ってきた山菜が並ぶだけだった。日に3回の食事は1回となり、量も減っていた。


だから、ジェイコブが、満面の笑みを浮かべて、


「大漁だぞ!」


と、バケツ一杯の魚を獲ってきた時、子供達と私は、歓声を上げて喜んだのだ。


長男のジャックは、バケツの中で泳ぐ鱒や鯉をじっと見つめて


「すごい!お父さん!お父さんたら釣りの名人だったんだ!」


と、ジェイコブを崇めた。まだ2歳にもならないマリーは、魚に触ろうと一生懸命手を伸ばしていた。


家族の賞賛を受けて、ジェイコブは照れていた。


「いやあ、俺の腕じゃないよ。この鯉なんて、バケツの中に飛び込んできたみたいに簡単に釣れたよ。」


「一人一匹ずつあるね!今夜は芋と焼き魚だ!」


嬉しさのあまり、私は、ジェイコブに魚をどこで釣ったか聞くことなど思いつかなかった。


ジェイコブは、食べるものを求めて聖なる森へ入っていたのだった。聖なる森は、辺りの農村では、人が近づいてはいけない禁忌の地と呼ばれていた。でも不作が続いたりすると、止むに止まれず、自然の恵を求めて密かに足を踏み入れる人もちらほらいた。ジェイコブはその一人だったのだ。


包丁で頭を叩いて魚を締めると、捌いてそれぞれ内臓を出す。塩を振ってこんがり焼けると、ジェイコブが匂いに釣られて台所にやってきた。


「ああ、いい香り。」


ジェイコブには一番大きな鱒を。川魚の中でもちょっと泥臭く、子供達も食べにくい鯉は、私のものだ。


焼き加減を見るために、鯉の背中の部分をちょっと突いて、味見をした。


私は未だにその選択を神に感謝している。もしこの鯉が子供達の誰かに行っていたら・・・


「うん、食べごろよ。」


ジェイコブの方を振り返った私の目に映ったのは、キラキラと光を放つ白銀の衣を纏う、白い髭の妖精王だった。


私が口にした鯉は、妖精王の娘。娘を食した罪で、私は現世を永遠に彷徨えとのお達しだった。


何も考えられない、何も言えない。何が起きているのか全く理解できていなかった私の耳に、ジェイコブの悲鳴のような声だけが入ってきた。


「俺の罪です!俺が魚を釣って、お嬢様を殺してしまいました!何卒、何卒私に罰をお与えください!お願い申し上げます!」


ジェイコブは突っ伏して、床に額を擦り付け、必死に懇願していたが、すでに妖精王の姿はなかった。


+ + +


モーリスさんが話しかけてきたので、意識が戻った。


「不老不死って、それは罰なのか?」


そして、ハッとして私を凝視する。


「ドロレス殿が不老不死になったのは、一体いくつの時だったんだ?」


・・・乙女心を随分グッサりいってくれるね。


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