36.牧場の柵と曇り空
雨の降り出しそうで、降り出さないダークグレイの空を仰ぎながら、隊列は進みます。
午前中と同じ、先頭にタタール、次に冒険者の二人が乗った馬。
そしてラブロが牽く、私たちの乗った荷車が続きます。
速度は気持ち早め。タタールのおしりの弾み方が、ちょっと激しいような気がします。
出発してすぐには、対向車もあったのですが、今は敷かれた道と、雑草と藪と、低木の生えたサバンナ、遠くに山があるという景色をただ黙々と進むのみ。
今さらですけれど、日本にない景色ですよね。
冒険者二人が乗る馬は、とっても馬らしい馬です。
茶色くて、たてがみは焦げ茶色。
パトリックさんの馬が、鼻先が白くて、足の膝から先も白い。グニューさんの馬は、目の周りが黒いです。
ちゃんと馬もいるけれど、荷車を牽くのは、主に牽獣たち。
馬は機動力を活かすイメージなんだそうです。早い従魔もいるけれど、馬がいちばん扱いやすいから、冒険者には人気なのだと。
解説は、オラヴィさんでした。
うん、師匠化してから、口数が増えてますよ!
イケボで、ためになる解説。役得ですね!
「たいくつじゃないか? お嬢ちゃん」
馬から、声がかかったのは、そんなサバンナが終わった頃でした。
木でできた柵が、所々に見えます。
そして、遠くに黒い動物。あれってもしかして、牛じゃないですか?
後ろの大型荷車を牽く、バイソンっぽい子じゃなくって、焼き肉店の絵で見るような牛。
「全然、たいくつなんかじゃないですよ。あれって、牛ですか?」
せっかく話しかけてもらったので、彼にも解説してもらいましょう。
パトリックさんは、そちらを覗き見るように眺めて、それから頷きます。
「ああ。このあたりから畜産が増えるからな。放牧の牛だろう。もっと町に近い場所になると、羊がいたぞ」
羊! モコモコ! それは楽しみ!
「本当に獣が好きなんだなぁ」
パトリックさんが、生暖かい目でそんな言葉をかけてきました。
あちらだと『動物好き』だけれど、こちらだと『獣好き』って言われるんだなぁ。
もふもふは正義だから、いいよね!
ダイフクちゃんのお腹を撫でながら、遠くの牛を臨みます。
ぁ、木立に隠れちゃった。
さらに暫く行くと、小さな林の中に入ります。これじゃあ見られませんね。
私は、乗り出していた体制から、定位置のいつものクッションに戻ります。
すやすやと眠る、ダイフクちゃんのお腹は、細く柔らかい毛で覆われているので、極上の感触が味わえるのです。
このように、自分のお腹にのせて仰向けになると、絶妙な重さと暖かさを感じながら、最高の手触りを手に、癒されつつ行くことができるのですよ。
そうこうしていたら、パトリックさんの笑い声が上がりました。隣からは、もう、モモカちゃんったら……というラナさんのあきれ声が聞こえます。
え? なになに?
そんなことをしているうちに、木立を抜けると。
「うわぁ!」
先ほどよりも近い場所に、牛たちがいて、私は身を乗り出しました。
黒じゃなくて、茶色ですね。
前世で乳搾り体験したのと、同じような牛です! あれはホルスタインだったけど。
うわーけっこういるなぁ、みんな茶色い。
ぁ、あの子だけ、まだらだ。黒かったら、前世のホルスタインにそっくり……あれ? 前世にもこんな品種いたような? うーん、思い出せない……。
ああ……また木立に隠れちゃった……今日は速度早いから、すぐに景色変わっちゃうなぁ。
「あはは! こりゃ肝いりだな!」
パトリックさんは、何やら後ろの荷車に用事があったのか、そんなことを言いながら、私たちの荷車を追い越していきました。
えー、だって、前世で見たのと同じ動物とか、逆に珍しくて。
あれ? いつの間にかダイフクちゃんが起きてる。
ちょっと不満そう。
ゴメンね、ちょっと牛ばっかり見すぎたね。
頭を撫でてあげますが、機嫌がなおりません。
あれ? 私、なにか他にもやっちゃったかな。
「モモカちゃん、その子をお腹で、荷車の縁と挟んでたわよ」
「えっ! ゴメン、ダイフクちゃん! 痛かったね」
ぎゅっと抱くと、逃げられちゃいました。あうぅ……ゴメンよぉ~(汗)
ぴょこぴょこと荷車の後ろのほう、荷車から落ちないほどほどの場所、ラナさんのすぐ後ろに、移動してうずくまるダイフクちゃん。
よっぽど痛かったのかな……いやいや、ソフィア。リプ要らない。要らないって! あああ、痛そう……! なのに、暴れないんだ、ダイフクちゃん?
いたたまれないので、ダイフクちゃんから目を反らして、縁にあごを乗せながら、木々の流れるのを見ていると、また途切れて広大な景色が目に入ってきました。
「うわぁ!」
次の町は、あれでしょうか。
高台から望む、大小の丘の向こうに、石造りの家が固まっています。
そこまでにも、緑の中にぽつぽつと建物があり、それ以外に、不定形に動く白や黒の群れが見えます。
あれ、羊ですね!
牛もいます。どちらもたくさん!
あとは羊飼いと、猫科の動物。牧羊犬のかわりかな?
ここは異世界だなぁ。すごい。素敵。
私が身を乗り出して、その光景を見ていると。
バスン
聞きなれない音がして、荷車が大きく傾ぎ、
私は背中側へ、放り出されました。
平成最後の日ですね。
事件です!
明日も更新しますので、よろしくお願いします。




